更新日:2017.09.14食トレンド 連載
今、話題の“日本フレンチ”に行こう!(連載)/ 東京【星のや東京 ダイニング】
今アツいフレンチシェフに迫る連載7回目は「ボキューズ・ドール」で日本人初世界3位を獲得した浜田統之氏。シェフを務めた【ユカワタン】を世界中から客が訪れる人気店に押し上げ、2016年【星のや東京ダイニング】料理長に就任。新たに挑戦する「NIPPONキュイジーヌ」とは?
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長野から東京へ。制限することで見えてきた“日本”を表現する料理
今の食のあり方に一石を投じる、日本人にしかつくれないフレンチ
日本の“残すべきもの”に付加価値を作り、次世代につなげていきたい
長野から東京へ。制限することで見えてきた“日本”を表現する料理
アートピースのような美しい料理を作る、シェフの浜田統之氏
1975年、浜田統之氏は日本でもトップクラスの水揚げを誇る鳥取県境港市に生まれる。18歳からイタリア料理の世界で腕を磨き、24歳でフランス料理の世界へ。その後めきめきと頭角を現し、2004年 ボキューズ・ドール国際料理コンクール 日本大会で史上最年少優勝、そして2007年「軽井沢ホテルブレストンコート」【ユカワタン】総料理長に就任。2013年 ボキューズ・ドール国際料理コンクール フランス大会本選世界では日本人初の銅メダル獲得し、さらに魚部門ではダントツの1位を獲得した。
軽井沢の【ユカワタン】では“水のジビエ”と称し佐久鯉や鮎、鹿はどのジビエ、地元の野菜などを使ったコースを出し、同店を一躍世界中から人が集まる人気店にした。そんな浜田氏が、2016年【星のや東京】のオープンと同時に、メインダイニングの総料理長に任命される。
環境に恵まれ、信州という土地にしかない食材にあふれた場所から、なんでも揃う東京での挑戦。「塔の日本旅館」をテーマにしたホテルのメインダイニングのコンセプトを考えるときに、かなり悩んだという。
「どういうコンセプトにしようか本当に悩みました。テーマは信州から“日本”にぐっと広がった。“日本らしいものって何だろう”そう自問自答する毎日でした。築地や大田市場にももちろん通って考えました。けれど、“ありすぎて”かえってわからない。遠く離れたイタリアの野菜よりも、各地の伝統野菜に興味がありましたが、なかなか手に入らなかった。そこに、日本の今のあり方のいびつさを感じました。最初、メニューが浮かばなくて、本当に苦戦しました」。
ある日のコースより『涼 とうもろこし』。トウモロコシの芯だけでとった甘いスープとくずもち状のトウモロコシのポタージュ。
器は青木良太さんの「アシェット・ブランシュ」シリーズ。木の折敷はヒノキ工芸のもの
大都会は世界中のものが集まる。流通が発達し、なんでも揃うのは東京のいい所のように思えるけれど、それはメリットには感じられなかったという浜田氏。
「軽井沢にいたときは、『東京にないものをやってやろう』と考えて、清らかな水が育む信州にしかない豊かな山の恵みに着目して『水のジビエ』というコンセプトをつくりました。その土地に昔からある、ありのままの素晴らしい食材だけを使うという“制限”から生まれたものです。そこで、日本という広義に制限をつけるとしたらどうすればいいかを考えてみました」。
“ありすぎる”状態から、本来の意味で“日本の食材”っていったい何かと限定する。一見、良いものが豊富に揃うように見えて、日本にはナチュラルでいい食材が本当に少ないと感じていていた浜田氏は、そこに光をあてて考えを絞り込んでいった。その先に見つけたのは、今の「NIPPONキュイジーヌ」のコースの根底にある“日本の天然食材だけで料理をつくる”というコンセプトだった。
今の食のあり方に一石を投じる、日本人にしかつくれないフランス料理
浜田氏のシグニチャー『石 五つの意思』。 きすのルーロー、トマトのガスパチョ、鰹のメルゲーズほか小さな料理が並ぶ
使うものは“日本の天然食材だけ”。そう決めたら食材は魚と野草に絞られた。肉はもちろん、【ユカワタン】の代名詞だった川魚も鮮度は現地にはかなわないと封印。
「【星のや東京】開業直後は、自分が思う“日本らしい”食材を市場からとっていましたがしっくりきませんでした。和牛なども使っていましたが、おいしくなるように手をかけて育てているものじゃないですか。もっと自然のままに育ったものに魅力を感じ始めたんです。僕たちのルーツを考えれば縄文時代にさかのぼったところにあると思うのです。そのころから日本にある天然の食材こそが、“本当の日本の食材”なのではと考えました。そして、それがなにかと考えると“魚”と“野草”しかなかった。けれど逆を言えば、そこに限れば全部天然物でできる。市場に頼らず、信頼できる生産者から仕入れる天然の魚と野菜・野草だけで料理を作る。東京にそんな店があっても面白いんじゃないかなって思いました。そして今年の3月からすべて天然魚と野菜は野草をメインに使うコースに振り切りました」。
魚はほとんど焼津の【サスエ前田商店】からとっている。「前田さんからいろいろ勉強させてもらっています」
この大胆な浜田氏の決断の背中を押したのは、信頼関係で結ばれた生産者の存在も大きかった。
「2年前に知り合って、大変尊敬している焼津の鮮魚店【サスエ前田魚店】の前田さんに“魚だけのコースでやりたい”と話をしたら、“できるっしょ”って言ってくれたんです。事実、寿司屋のような魚だけの業態があるわけだから、僕自身も“できる”という確信がありました。そしてやるからには、「魚しか使わない」という制限をつけた。制限があるからこそ、その食材を生かす調理や下処理の技法やソースをどうしようかを深く考える。考えるからこそ、どんどん料理が洗練されていく。まだまだ始まったばっかりだけれど、もっとこうしたらいいなっていうのも見えてきています」。
海の魚と野草だけで料理するという決断は、一見豊かな食材に溢れているように見える今の日本の食を取り巻く環境へのアンチテーゼにも感じられる。
さらに、浜田氏は日本ならではの味覚の感じ方を【ユカワタン】時代からのスペシャリテ『6つの石』に取り入れて進化。日本古来の食の考え方「五味」(酸・塩・苦・辛・甘)を表現した一口の料理を順に食べていくとミニコースの料理を作った。
絞られた素材が、豊かな発想力と卓越した技術で美しく、どこにもない料理に昇華していく。
ある日のコースより『汕 鰹』。鰹の酒盗漬けに腹身のスモーク、鰹のブーダンノワール、赤ずいきのピクルスを添えて
『ユカワタン』のころとはまたひと味違う料理も並ぶ。たとえば前菜の『汕 鰹』のひと皿は鰹を酒盗でつけていて、ぐっと和の雰囲気を感じる。そのことを聞いてみると、浜田氏は“フランス料理だから、とか、和食だから、とかジャンルのことを考えたりはまったくしない”と話す。
「酒盗って内臓で作るソースみたいなもの。ヨーロッパの人は肉の内臓は食べるしソースにもするのに、魚の内臓は食べない。でも、日本人は食べますよね? 鰹を発酵させた内臓のソース、つまり酒盗で漬けたものは僕の中では和食ではなく、あくまでフランス料理のセオリーの延長にもある「NIPPONキュイジーヌ」なんです。添えてある「鰹のブーダンノワール」は、鰹の血合いに豚の血を入れてブーダンノワールにしたもの。僕のなかで鰹のイメージは「海の血」なので、ブーダンにしようと思いました。
日本の食材を使うけれど、構築のセオリーはフランス料理から。“日本人にしかできないフランス料理を”と考える軸は【ユカワタン】のころからまったくぶれていない。
日本の“残すべきもの”に付加価値を作り、次世代につなげていきたい
「ある日のメイン料理『鮮 サメガレイ』。北海道産のサメガレイをムニエルにして、酢漬けしたウワミズザクラのベアルネーズソースとともに
『日本らしさの表現』は料理だけにとどまらず、器やプレゼンテーションにもあふれている。メインの『サメガレイのムニエル』は白木の重箱から玉手箱のように蒸気が立つプレゼンテーションだ。実はこの重箱のプレゼンテーションは「ボキューズ・ドール」の魚部門で優勝したときに実際に使ったものだという。
「ヒノキ工芸という昔からお付き合いのあるところで製作していただきました。これはとても好評でしたね。無垢の白木の器は日本が誇るもの。扱いも難しいですし、海外の人には真似できない、日本が誇るべき技術だと思います。海外のお客様には是非“真似したい”と思って欲しいですね(笑)」。
また、このメインの魚に“サメガレイ”とうい聞きなれない魚を使ってるところにも、シェフのメッセージが隠れている。
「僕の生まれた鳥取県の港町は魚がおいしい場所で、昔から地元で取れる雑魚を食べて育ちました。どれも、いわゆる高級魚に負けないくらいの味なんです。それなのに、希少な高級魚はブランドになり高い値段がついている。高級魚は乱獲されて数は減るし、雑魚は獲れても価値がないから捨てられる。ここにも現代の食に対するいびつさを感じました」コースのメイン料理を、あまり知られていない魚で作ることによって光をあて、付加価値をつけたいと言う。
「広い視野を持ち、ただ単においしいとか、目の前のことだけじゃなくて数十年、数百年の先まで考えて見据えた上で、自分の立ち位置を考えなくてはいけないと思っています。たとえば種の問題や後継者の問題で、日本にしかない野菜の何十種類、何百種類がどんどんなくなってく。そういったものを僕らは積極的に使い、残していかなくちゃいけない。そういう意識は常に持っていたいですね」。
アートのような美しい料理を通して未来へのメッセージを発信していく浜田氏。食べていくにしたがって自然の恵みに感謝し、日本らしい美意識を感じることができるこのコースは、体験した人たちの記憶に、何が本当の豊かさで、何を大切にしなければならないかをしっかりと残していくに違いない。
日本のテロワールをテーマにした
「ダイナーズクラブ フランス レストランウィーク 2017」が開催!
浜田氏はフォーカスシェフとして参加。甘鯛や鱧などの魚や、アカヤマドリ、ムラサキホウキダケ、カラスマイタケなど十数種類のキノコや木の実を使った料理を提供する。「日本の野山には秋の味覚がたくさん溢れ、海にもまだまだ全国で知られていない魚がたくさんあります。その日に届く新鮮な食材を使って、四季や風土に思いを馳せるような料理に仕上げます。是非、お待ちしております」。
電話:03-6214-5155
住所:東京都千代田区大手町1-9-1
アクセス:JR「東京」駅から徒歩10分、東京メトロ「大手町」駅から徒歩5分
営業時間:ディナー 17:30~ (L.O.20:30)
定休日:無休
撮影/小西康夫 取材・文/山路美佐(ヒトサラ編集部)
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