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更新日:2021.07.13食トレンド デート・会食 旅グルメ

食だけでなく日本文化の素晴らしさを味わう日本料理店|【月おか】京都・東山

2年先までランチの予約は埋まっている! そんな滋賀県・草津の人気店【滋味 康月】の大将・月岡正範さんが、店を譲ってN.Y.に店を持つと聞いて驚いた方も多いでしょう。残念なことに店をつくり始めているその最中にコロナ禍にあい断念。しかし2021年4月に新たに京都で【月おか】を開店しました。N.Y.でさらに日本の良さに気づいたという月岡さん。「食だけでなく日本文化を発信できるような店にしたい」。そんなチャレンジ精神あふれる店が誕生しました。

月おかの『八寸』

”馳走とは何か?”食を通して日本文化を発信していきたい!

    月おかの外観

    お店に一歩入った時から外の世界とは隔離されているような別世界を味わってほしいとの想いで、玄関の先に路地を。「駿牛菴」の字は中東さんが書き、月岡さんが掘ったもの

平安神宮の大鳥居から続く神宮道の坂を少し上り、歴史深い青蓮院門跡の真横にその店【月おか】はあります。近くには京焼の一つである粟田焼の発祥の地があり、世界的にも有名な古美術商があるなど、文化的な香りが色濃く残るこの地。京町屋を改装したその美しい佇まいがしっくりと街中に溶け込んでいます。玄関を開けると、そこはちょっとした路地のような作りに。「駿牛菴」と書かれ、まるで茶室にでも来たよう。手水からは水が流れ、この先にあるのはどんな店なんだろうとワクワクしてしまいます。

    月おかの店内

    「畳に膳をおいて食事する。そんな昔からの日本の風情や文化を少しでも味わっていただきたい」と、カウンターを畳敷きに。板場の中央には“おくどさん”が鎮座。京言葉でかまどを“くど”と言い、親しみを込めて“おくどさん”と呼ばれています

店内に進むと、真っ先に目に飛び込んできたのは、美しい畳敷きのカウンターと板場の中央に据えられた“おくどさん”。大将の月岡正範さんと女将の葉子さんが笑顔で出迎えてくださり、凛とした空気の中にも温かさを感じます。

食事は、10皿ほどで構成されるおまかせコース(¥30,000/税サ込)のみ。17時からと20時半からの一斉スタートではじまります。まず、初めに出していただいたのが『八寸』。その美しく瑞々しい緑に思わず息をのんでしまいました。

    月おかの『八寸』

    季節の色を感じさせてくれる『八寸』。牛乳を煮詰めた醍醐をまぶしたモロッコインゲン、乾燥した山椒の葉をかけた曲竹、走りのズッキーニには夏鹿の肉味噌を挟んで。その他、美山でとった朴葉で巻いた伝助穴子のお寿司屋、ホタテのすり身を入れた万願寺唐辛子など、京野菜や里山の食草を堪能できます

「旬の味だけでなく、まずはその季節の色を感じてほしいですね」と大将。そこには、朝早くから京都の奥、美山の里山に自ら行って摘んできたという小紫陽花が可憐に咲き、淡いものから濃いものまで様々な緑の食材が添えられ、初夏ならではの里山の風景が目に浮かんできます。これらのほとんどの食材を自ら山で採ったり、畑に足を運んで直接買い付けているというから驚きです。そこには“走り回って食材を集める”という馳走本来の姿があります。

    ドライエイジングビーフを極める滋賀県・草津の精肉店【サカエヤ】から仕入れる十勝若牛。この牛肉をレストランなどに卸しているのはこの店のみだとか。骨付きの巨大なまま仕入れるので、厨房にも大きな熟成庫があります

    ドライエイジングビーフを極める滋賀県・草津の精肉店【サカエヤ】から仕入れる十勝若牛。この牛肉をレストランなどに卸しているのはこの店のみだとか。骨付きの巨大なまま仕入れるので、厨房にも大きな熟成庫があります

箸を進めるほどに気づいたのが、その絶妙な火入れ加減。歯ごたえや香りが豊かに残っています。野菜が主体ではありますが、その中に動物性のものがうまく組み合わせっていく。それらが口の中で複雑に絡み合い、どんどんおいしさを生み出していきます。

「これは口内調理といって、日本特有の食文化なんです。料理は単体で完成するものではない。動物性のもの、植物性のもの、いろいろなものを少しずつ、その季節にしかない香りのもので口内調理を楽しんでもらいたいです」と大将。

    月おかのお肉

    備長炭で焼く、十勝若牛のサーロイン。香ばしい香りがたまりません

八寸の後には、白味噌の椀、焼物、お造り、煮物椀と続いていきます。そして「メイン料理を焼きますね」と出してこられたのが、なんとも巨大な肉の塊! 分厚く切って板場中央のおくどさんで、じっくりと焼いていきます。

    月おかの『十勝若牛の炭火焼き』

    熟成肉ならではの旨みがあふれ出す『十勝若牛の炭火焼き』。瑞々しい加茂ナスや爽やかな木の芽、にんにくの花がそえられたジュのソースと共にいただく

「まずは食べてみてください」。言われるがまま一切れ口に運ぶ。弾力があるのにすごく歯切れがいい。そしてサーロインであるのにサシの甘さと言うものとはまったく違う、噛むほどに肉の旨みが広がってきます。そして驚いたことに後口がすごくさっぱりとしています。「サシの入った甘く柔らかな肉はそれ単体ではすごくおいしいですが、それを食べてしまうと味や香りが強すぎて次に出てくる料理に影響してしまいます。そんな中で出会ったのが、【サカエヤ】さんの十勝若牛を使ったドライエイジングビーフでした」。

N.Y.に行ったことで、より肉に対して興味が湧いたという月岡さん。帰国後、店を始めるにあたってもぜひ肉料理を出したい。そんな想いの中、自身の料理をより高めてくれる肉に出会えたことはこの上ない喜びだったといいます。

自らの足で食材を調達することの大切さを教わった修業時代

    月おかの月岡さん

    「自分の足で土地を巡り、山野草を集めたり、田畑に出向いて生産者さんにあったり、食材を探し出すことの大切さを痛感しました」と、中東さんから日本料理のあるべき姿を教わったと語る、大将の月岡正範さん

月岡さんが料理人を志したのは中学を卒業してすぐ。出身である札幌の郷土料理屋さんに入ったところからはじまります。その後、名古屋、京都、東京と渡る中で、かけがえのない人と出会います。その人こそ【草喰 なかひがし】の店主・中東久雄さん。「馳走とは何か、もてなしとは何かという本来の料理の在り方を教えていただきました」と月岡さん。中東さんの料理に向き合う姿勢に憧れ、修業に入ります。

    月おかの食材

    使う食材の多くは、京の奥地にある美山や大原、時には滋賀にまで足を延ばして、里山で山菜をはじめとした草花を摘んだり、畑に出向いて野菜などを買い付けています。旬そのものの落とし込んだ料理は、色合い美しく力強い味わい

例えば、八百屋さんにトマトを頼めば1年中持ってきてくれる。でも本来だったらトマトは冬にはない野菜。そんな当たり前のことが当たり前でなくなってしまった現在において、自らの足で食材を探すことは、日本料理を守っていくうえですごく大切なことだと月岡さんは言います。

    月おかの日本酒

    料理をさらにおいしくさせるお酒。入手困難な【新政】のほか、市場に出ていない神稲・イセヒカリを使った特別なお酒も。女将がソムリエのため、日本酒の他ワインも充実しています

3年間にわたる修業後、滋賀県・草津に【滋味 康月】をオープン。そのおいしさで人が人を呼び、ランチは2年先まで予約で埋まってしまうほどの人気店に。そんな中で、日本料理の素晴らしさをより世界に広めたいと、N.Y.行きを決心します。コロナ禍に見舞われ、開店準備を進めるも残念ながら、オープンを断念せざるをえなくなりましたが、日本を飛び出したことで、今まで以上に日本料理や日本文化が素晴らしく、価値あるものだということに気づいたと言います。

「器や食材一つ一つとっても日本には素晴らしい文化がある。でもそれらの良さも日本人の中では希薄になっています。だからこそ、日本でお店を開くにしても、それら日本文化をより感じていだきたく思います」。そんな熱い思いを胸に生まれたのが【月おか】です。

器や食材一つ一つとっても日本には素晴らしい文化がある

    月おかの土鍋ご飯

    お肉料理の前にまずは「煮え華」を一口。甘くいい香りの湯気が土鍋から立ち上り、まさにお米からごはんに進化した瞬間の「煮え華」。瑞々しく、口の中で香りが華やぎます

メインの肉料理の後は、締めへと続くごはんが。【草喰 なかひがし】では、おくどさんで炊く土鍋の白いごはんこそがメインディッシュと言うように、【月おか】にもまたその精神が受け継がれています。

    月おかの『飯物 肴3種(へしこ・鰻の山椒煮・香の物)』

    煮えばなからおこげまで楽しめる『飯物 肴3種(へしこ・鰻の山椒煮・香の物)』

普段なにげに口にしているごはんも、ここでは一粒一粒が味蕾を刺激してくる。頬が勝手にほころんでくるような、そんな幸せな時間を堪能しました。ごはんの後は、水菓子、N.Y.で感動したというチョコレートブラウニー、そして食後にお薄という形で締めくくられます。

    月おかの店内

    カウンターの後ろにはまるで美術館の様に古美術が展示されています。使用する器も桃山時代の赤織部から江戸時代の染付、現代作家のものまで「中国や朝鮮から渡ってきた器も、欠けようが割れようが、継いで使ってきた。これこそが日本で培われてきた文化。日本料理と共に日本文化を楽しんでほしいです」と月岡さん

茶の湯の歴史と共に歩んできた日本料理。食べることを楽しむと同時に、日本文化の素晴らしさも味わってほしいと月岡さんが言うように、ゆったりと味わう食事の中で、本来の馳走の在り方、日本文化の素晴らしさを感じることができました。

この記事を作った人

撮影/吉田祥平 取材・文/楠井祐介

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