<※閉店>元アメリカ三つ星スーシェフが生み出す、モダンカリフォルニア料理|銀座【Cali style ORYOURI YUZAN KEIICHIRO KUROBE】
銀座交詢ビル内にあった肉割烹【ゆうざん】が、サンフランシスコの三つ星【アトリエ・クレン】のドミニク・クレンシェフのもとでエグゼクティブスーシェフを務めていた黒部慶一郎シェフを迎えてリニューアル。この9月に誕生したのが【Cali style ORYOURI YUZAN KEIICHIRO KUROBE(カリスタイル オリョウリ ユウザン ケイイチロウクロベ)】。その魅力をひもときます!
※このお店は閉店しました。
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まだ日本が知らない「モダンカリフォルニア料理」
カリフォルニアの自由な空気感を伝えるしつらい
リアリティのある「自分らしい」料理を
まだ日本が知らない「モダンカリフォルニア料理」
「日本でアメリカ料理といえば、ハンバーガーやステーキのイメージが強いですが、移民国家のアメリカの食は、もっと多様なんです。それを知ってもらいたい」と語るのが【Cali style ORYOURI YUZAN KEIICHIRO KUROBE】を率いる、黒部慶一郎シェフ。ニューヨークで生まれ育ったからこその、リアルなアメリカの料理の魅力を日本人のアイデンティティと合わせて伝えたい、と考えています。
備長炭で舞茸を焼く黒部シェフ。キャリアのほとんどを過ごしたカリフォルニアでは、バーベキューは休日に欠かせないものだとか
アメリカでの料理のキャリアは、自らがシェフをつとめた店を含めて12年。実は日本語よりも英語の方が得意、という黒部慶一郎シェフが生み出すのが、長年過ごしたカリフォルニアの料理をベースにした、モダンカリフォルニア料理。
カリフォルニアでシェフを務めていた店の名は【ブラックシップ(黒船)】。それにちなみ、看板は江戸時代の船材を使っています
では、そもそもカリフォルニア料理とは、どんな料理なのでしょうか?
「もともと様々な文化が混ざり合うのがカリフォルニア。メキシコに近いため、ラテンアメリカの文化、そして東海岸よりもアジアに近いので、アジアの影響も。何よりも、元々ゴールド・ラッシュで開拓者として来た人たちをルーツに持つだけに、みんな新しい味を試すのが大好き。色々な文化が入って来ているなら、いい所を全部合わせればいい、というのが根底にありますね」
とろりとした黄身が食欲をそそる『TKG ARANCINI』。「料理は目でも楽しむもの」とは師と仰ぐダニエル・フム氏の言葉
そんな進取の気質がカリフォルニアらしさ、黒部シェフがここで出すお料理もそんな自由の香り漂うもの。イタリアのライスコロッケ「アランチーニ」の中には「TKG=卵かけご飯」をイメージして半熟卵を忍ばせ、揚げた後に切って、とろりと卵黄が流れ出た所に自家製の「うまみ醤油」をひとたらし。
「中に何が?」と尋ねると「手羽先、干し椎茸、鰹節、昆布、みりん、玉ねぎ、ニンニク……」と、旨味食材が出るわ出るわ。「色々な国のおいしいものがたくさん手に入るんだから、全部使ってもっとおいしくしちゃおう!」そんなカリフォルニアの人たちの声が聞こえて来そうです。
『GREEN GODDESS TACO』のグリーン・ゴッデスとは、緑の女神、食べて健康に、美しくなれそうなネーミング
それから、健康志向で知られるカリフォルニアのライフスタイルは、食にも影響しています。炭水化物のバンズの代わりにレタスを使ったハンバーガーが人気を集めるなど、野菜をしっかりとることを好む人も多く、そんな嗜好も反映して黒部シェフが生み出したのが、通常はとうもろこしなどの穀類で作られる皮を、レタスをはじめとするたっぷりの葉野菜とハーブに置き換えたタコス。
エゴマや茗荷、大根などアジアの食材も織り込みつつ、カリフォルニアで人気の、ヘルシーなヨーグルトベースのハーブソース「グリーン・ゴッデス・ソース」をかけて仕上げています。タコミートの代わりに中心に置かれているのは、ローズマリーやタイムの香りをつけてから備長炭で焼いた舞茸。野菜の他にも豆や魚もたくさん使う黒部シェフは「アメリカ料理といえば、肉中心の脂っこい料理だけではない、ということがわかるでしょう?」と笑います。
アメリカでよく見られる、大きめのグラスで提供されるノンアルコールモヒート
カリフォルニアの自由な空気感を伝えるしつらい
カリフォルニアの自由な空気と、これまで世界を旅する中で出会った食材、それでも、ベースにあるのは、常に日本人としての自分自身なのだとか。今や世界ナンバーワンレストランとなった【イレブン・マディソン・パーク】のダニエル・フムシェフと共に働いた際に言われた「どんな料理にも、時代と共に磨かれ、受け継がれて来た味がある。その根本の部分を崩さずに、自分らしさを加えていくのが料理人の仕事」という言葉が忘れられない、といいます。
ジミ・ヘンドリックスのアート。ちなみに、黒部シェフお気に入りの曲は「All Along the Watchtower」だとか
店内には、「子どもの頃から両親が聞いていたので」個人的にも大好きだと言う、ジミ・ヘンドリックスが描かれたアートピースと並んで、神棚が。「どこに旅して、どんなに自由な表現をしようとも、僕が日本人であることには変わらないから」そこには、フムシェフにいわれた「料理の根本の味」と同じように、「アイデンティティの根本」も大切にしたい、という思いがあるのだそうです。
ツールボックスには「いつか星を取るのが子どもの頃からの夢」という、ミシュランのキャラクター、ビバンダムのステッカーが
もともと、割烹だった時代の名残を感じる伝統的な作りの中にも黒部シェフらしさが。例えば、以前あった伝統的な包丁置きの代わりに使っているのは、アメリカの厨房で包丁をしまう際によく使われる「ツールボックス」。京都の工房に特注して作ってもらったオリジナル、こうして、個人的な記憶にまつわる品や、旅で出会った品などが少しずつ加わって、自分の「色」が出ていけばいいな、と考えているそう。「来る度に、ちょっとずつマイナーチェンジが加わっていくと、来た方も楽しいでしょう?」そんなパーソナライズされた、まるで、黒部シェフの家のような空間。
流れる音楽も、黒部シェフのセレクト。「カリフォルニアで休日にビーチに行ったり、友達とバーベキューをしながら聴くハッピーな雰囲気の曲」という視点で選んだジャズやファンク、ヒップホップなどの、リラックス感あふれるもの。こんな所にも、黒部シェフらしさが感じられます。
リアリティのある「自分らしい」料理を
メキシコで楽しまれているテパチェをオリジナルにアレンジ、上にはふんわりとしたエスプーマをのせて
ドリンクは、自家製のシロップなどを使ったカクテルのセレクションをこれから増やしていく予定だとか。自家製の発酵パイナップルを使ったメキシコの発酵飲料「テパチェ」は、青唐辛子や生姜を入れて、さっぱりと。現在は酒類の提供自粛中でノンアルコールカクテルとして出していますが、いずれはテキーラを加えてカクテルとして提供予定なのだそうです。
「酒類の提供が可能になれば、カリフォルニアワインや日本酒、そして日本のシードルなども入れて、ミックスペアリングをやってみるのも楽しいかも」と語ります。ペアリングに使うアルコール類もできる限り、実際に訪れた生産者のものを使うこと。そんな「リアリティ」も黒部シェフの料理の魅力です。
揚げ物は保温性抜群の「おくどさん」を活用、安定した温度帯で仕上げられ、目の前のカウンターに揚げたてでの提供が可能に
もともとは兄弟が多く、多忙だった母の手伝いから始めた料理。「性格的に飽きっぽくて、机に向かうのは集中できなかったけれども、料理はなぜか集中できた」のが、料理が天職だと感じるようになった理由。自家製の発酵ドリンク、ピクルスなど、色々なものを一から手作りするのも、そんな中から培われて来たもの。
「個人的にも、お酒は大好き」とのことで、カウンター越しに料理やペアリングの相談にも気軽に乗ってくれる、黒部慶一郎シェフ
日本人であり、アメリカで生まれ育った、というアイデンティティを持つ黒部シェフにとって、アジアをはじめとする様々な文化が混じり合ったカリフォルニア料理は、自分自身のバックグラウンドと重なる、リアリティのある料理です。
例えば、キューバなど南米で食べられている、スパイスを使った鶏肉の炊き込みご飯「アロス・コン・ポヨ」は、日本で育った日本人からすると、日常からかけ離れた、とてもエキゾティックな料理。でも、黒部シェフにとっては、家族ぐるみで仲良くしていた南米出身のご近所の人が、家に呼んで振る舞ってくれた、子供の頃からの思い出の味。その味に、味噌を加えるなど自分らしさのアレンジを加えて提供しているのが、ここ【Cali style ORYOURI YUZAN KEIICHIRO KUROBE】の料理なのです。店名にある「黒部シェフのお料理」の意は、まさにそこにあると言えるでしょう。
割烹の伝統的な佇まいに、エアープラントがアクセント。これから少しずつ変わっていく様子を眺めるのも、楽しみの一つです
今は日本人と、日本在住の外国人のお客様が中心だという黒部シェフ。「日本の方には、馴染みのある空間で、新しい料理を。外国の方には、日本らしい、新しい空間で、馴染みのある料理を。そのどちらも楽しんでもらえれば」といいます。日本語でも英語でもカウンター越しに楽しい時間を盛り上げてくれる黒部シェフの「お料理」。海外を訪れるのが難しい今、銀座でカリフォルニア気分を味わいに、訪れてみてはいかがでしょうか。
取材・文/仲山今日子 撮影/岡本裕介
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