三つ星和食店の跡地に誕生した隠れ家フレンチ|【翔】麻布十番
三つ星和食店【かんだ】の跡地にオープンした炭火焼フレンチの新店が、ここ【翔】。和食店の内装をそのまま残した店内で頂く皿の数々は、フランス料理をベースとしつつも、さりげなく和のニュアンスが漂います。稀少価値の高い新潟産シャポンを自在に扱ったスペシャリテも、見逃せない逸品です。
東京を代表する日本料理の名店【かんだ】。ミシュランの三つ星をとり続けるこの和食店が虎ノ門に移転後、その跡地に今年の2月10日、人知れずオープンしたのがここ【翔】だ。
今回、【かんだ】の主人神田浩行氏の眼鏡にかない、店を任されたのは双川洋利シェフ。大阪阿倍野の辻調理師学校を卒業後、青山時代の【KANSEI】で5年、四谷【北島亭】で1年間修業を積んだフレンチ畑の料理人だ。が、内装も器も以前の【かんだ】そのままの有り様の中、供されるその一皿一皿は、フレンチをベースにしていながらも、どこか和の趣をそこはかとなく感じさせる。
例えば、それは、和の皿に寄り添うが如き盛り付けのシンプルさであったり、味付けの軽やかさだったり等々。料理へのアプローチにさりげなく和のスタンスが取り入れられいるのだ。それはまた、日本伝統の技術とも言える“炭火焼”をメインに据えているところからも、充分伺えよう。
双川洋利シェフ43歳、東京出身。「手法はあくまでもフレンチですが、バターやクリームを控えるなど軽やかな食後感を念頭に置いて料理を作っています。」
「素材の持ち味を生かそうとする和食の引き算的な考え方で食材を捉えつつ、自分がこれまで学んできたフレンチの手法を用いて料理を組み立てています。」控えめな口調でそう語る双川シェフは、修業後、西麻布【喫茶去】や麻布十番の【れとろ】等のワインレストランでシェフを務めていた経験もあり、柔軟性のある料理作りは手慣れたたもの。
ちなみに、神田氏との出会いはその【れとろ】。折しも10年目を迎え、移転先を考えていたところに神田氏から声をかけられ、【れとろ】のマダム矢島緑子さん共々新天地へと踏み出したわけだ。
【かんだ】時代と店内の様子はほぼ同じ。棚に並ぶ百田輝氏の器もそのまま使われている。カウンター席のほか、個室もある
更に、同店の大きな特徴といえば、“シャポン”をメイン食材に扱っている点だろう。“シャポン”とは去勢鶏のことで、フランスではクリスマスのご馳走として知られる高級鷄。中でも、ブレス産のシャポンが名実共に最高品質を誇っている。最近では、日本でもブレスのシャポンを目指して育成を手掛ける養鶏場が、秋田や鹿児島等で少しずつ増え始めているようだ。双川シェフが語る。
「他の家禽と違い、鷄の雄は睾丸が体内にあるため去勢が難しく、特殊な技術を要するんです。加えて、飼育期間も通常の鷄が5ヶ月なのに対して8ヶ月とグッと長い。それだけに稀少価値が高く、それも魅力の一つですね。」飼育期間が長い分、一羽4〜5kgと個体の大きさも特級サイズ。その分、旨味が深くなるわけだ。
新潟「ひよころ鷄園」から、取材日に届いたばかりの“シャポン”。これで飼育日数240日4.5kg。ガラはコンソメにするなど一羽を余すところなく使い切っている。「今度は手羽でコック・オーバンを作ってみようと思います。」とは双川シェフ
現在、「翔」で扱っているのは、品質が良く、安定して供給できる新潟「ひよころ鷄園」のシャポン。人工添加物やビタミン剤、抗生物質は一切使わず、米や酒粕などの国産食材を9割以上用いた自家配合飼料を与えているそうで、放し飼いで飼育すればこその逞しい肉質が持ち味だろう。加えて「地鶏や軍鶏を育ててシャポンにしているので肉に締まりがある。柔らかな肉質を好む方には、ちょっと硬いかもしれませんが、噛み締めればこその旨味は最高。
個人的には、しっとり感のある胸肉が好きですね。」そう言いながら、双川シェフが取り出したのは一羽丸ごとのシャポン。見るからに威風堂々とした体躯は、鷄の王者と呼ぶに相応しい。
シンプルに塩味で頂く『シャポンの炭火焼』(写真は一人前)。奥の皿は付け合わせの筑前煮。オリーブオイルとパセリで洋風にアレンジしている
初めてならば、件のシャポンを始め旬の味をいろいろ味わえるコースがいいだろう。〆めのラーメンやデザートを含め全11品ほどが登場する実のある内容で15000円から。旬の食材を使うため、メニューはその時々で少しずつ変わるが、シャポンのタルタルと炭火焼は定番アイテム。フランス料理でタルタルといえば、生の牛肉や馬肉で作るタルタルステーキがおなじみだが、【翔】ではシャポンの胸肉と腿肉をブレンドしている。
双川シェフによれば、「旨味が強いとはいえ、牛や馬に比べれば淡白な味わいのシャポンのこと、通常のタルタルステーキに入れるケッパーやマスタード、ケチャップは入れず、塩とオリーブオイルとエシャロットで味つけし、おぼろ昆布とスダチ少々を隠し味に加えています。」とのこと。シャポン本来の味を生かすべく味付けは最小限に留め、昆布の旨味が底味を支えるねっとりとした食感を引き出している。
炭火に炙られ、身が反り返るのはシャポンがフレッシュな証拠。皮目から焼き始め、肉厚ゆえ、側面にも火を入れ休ませながら焼き上げる
一方、シャポンならではの躍動感あふれる美味しさを堪能できるのは“炭火焼”だろう。約200g(2人分)の塊を炭火に翳し、炭の配置を調整したり肉を置く場所を変えるなど炭と肉との高さや火の強さを鑑みながら、まめに肉を返して焼き上げていく。
双川シェフ曰く「炭火焼は、今、猛勉強中。」だそうで、皮はしっかり焼いてパリっと仕上げ、肉厚の身はジューシーに、がそのイメージする焼きあがり。双川シェフの「シャポンは脂身が美味しい。」の言葉通り、脂身のプリプリとした食感と歯を押し返すような弾力のある腿肉とを共に噛み締めた時の歯応えの妙が素晴らしい。味わうほどに溢れでる肉汁の豊かさは、シャポンならではだろう。
『空豆とパテ・ド・カンパーニュのメンチカツ風』。豚の肩肉と頬肉、ネック、腿肉にシャポンをブレンドしたパテと空豆を混ぜ合わせて揚げている
この他、『シャポン入りのバテ・ド・カンパーニュと空豆のメンチカツ風』やサバイヨンソースで頂くホワイトアスパラガス、酸味とあまみを濃縮させたドライトマトをブッラータチーズにまぶし、バジルのソルベをあしらった『カプレーゼ』の進化形など意匠を凝らした皿の数々がコースに彩りを添えている。
穂紫蘇をあしらった『シャポンのタルタル』。胸肉と腿肉は半々でブレンド。スダチの香りと微かな酸味が食後感をライトに仕上げている
また、今後はアラカルトも充実させていくそうで、より使い勝手が良くなりそうだ。軽くつまみながら、ブルゴーニュ を中心に豊富に揃うフランスワインを目当てに訪れるのも一興だろう。マダムの矢島さんが料理に合わせたワインをセレクトしてくれるはずだ。グラスワインは1,100〜2,500円。ボトルは7,000円〜。コースに合わせたペアリングも8,500〜1万円で用意されている。
撮影/大鶴倫宣 取材・文/森脇慶子
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