敏腕癒し系のシェフがワンオペで仕切る隠れた名店|【Ciotat】江戸川橋
カルロ・モレッティのモダンでキュートなグラスが、木の温もりが伝わるシンプルなインテリアに、爽やかな優しさを漂わすフランス料理店【シオタ】。僅か6席のカウンターの向こうで、1人鍋を振るうのはご主人の廣田駿シェフ。そのどこか少年のようなあどけなさが残る人懐っこい笑顔から醸し出されるほんわかと寛いだ雰囲気に、フレンチは堅苦しいという先入観は払拭されるに違いない。
音羽通り沿いに店を構えたのは一年前。看板もさりげなく、ここがレストランと気付かぬ人も多いとか
最寄り駅は江戸川橋。看板も目立たぬ店構えは、音羽通り沿いにありながら、うっかりしていると見過ごしてしまうほどさりげない。
【シオタ】という店名は、てっきりシェフのお名前と思いきや「【Ciotat】というのは、プロヴァンス地方にある港町のことなんです。修業時代に行った、まぁ、思い出の場所ですね。」と屈託なく笑う廣田シェフ。だが、その経歴は侮れない。辻調理師専門学校のフランス校で学び、ストラスブールで200年続く老舗レストラン【オー・クロコディール】で研修。正統派の料理に触れ、卒業後は、オープンまもない銀座【ベージュ・アランデュカス・東京】で4年間修業を重ねた後、再度渡仏。プロヴァンス地方のミシュラン三ツ星店【ウストー・ド・ボーマニエール】で1年半研鑽を積み、帰国してからは「マンダリンホテル東京」の【シグネチャー】に。この時27歳。その後、スキルを上げるべく選んだのはユニークにも、あのジャック・ボリーシェフプロデュースによる新宿伊勢丹の【ル サロン ジャック・ボリー】。ここでの4年間はかなり濃厚な日々だったようで、廣田シェフの料理に様々な影響を与えたそうだ。
アイボリーの壁に木肌の温もりが伝わる店内は、友人宅に招かれたような寛いだ雰囲気
店内のあたたかな雰囲気に優しく馴染む、カルロ・モレッティのグラス
「オリジナルの素晴らしいレシピにしっかりと向き合うことで、自分以上の力を発揮できるんだということを実感しました。また、贅沢に感じるようなプロセスや方法も時に必然性があり、クラシックな料理も常に新しく感じさせるコツみたいなものがそれぞれの料理に存在するということを学んだように思います。」とは廣田シェフ。併せて良いものと良くないものをはっきりさせることの大切さ、高級食材も手に入りやすい食材も同じように臆せず大切に扱うことも勉強になったという。
オーナーシェフの廣田駿さんは、名古屋出身の39才。もともともの作りが好きだったそうで、料理上手な叔母の影響もあって、料理の世界に進む。中・高生の頃は、開高健氏のエッセイが愛読書だったとか
その後、あの予約の取れないレストラン北参道【シンシア】を経て、昨年9月、晴れて独立を果たしたというわけだ。今は、ワンオペで獅子粉塵の日々だが、そんな大変さをおくびにも出さず、楽しげに調理する様子を見ているだけで心が弾んでくる。
料理は基本的に、前菜に魚料理が2種、肉料理等4~5皿にデザートがつくおまかせのコース一本。近頃流行りの少数多皿ではなく、一品一品のボリュームもしっかり。往年のフランス料理を想起させる盛りの良さには思わず笑みが溢れる。
手間を惜しまず、いつも笑顔で楽しげに料理を作る様子はまさに癒し系。カウンターで調理の様子を見ているだけで心が和む
まず、カウンターに置かれたのは、イタリア産本鮪の一皿。軽くグリエした鮪を冷やし、ラタトゥユを添えた前菜だ。続いて旬の味『セップ茸のタルト』が出た後、魚料理は『スズキのローストソース・ヴェルジュ』。聞けば、廣田シェフ、スズキへの思い入れは深く、中でも、一番好きな魚はヒラスズキなのだとか。曰く「スズキはフランス料理で長きに渡り使われてきた食材。北から南までどの地方の料理にも使われていて、付け合わせもソースも多種多様。塩生地で包んで火入れし、焼いたフヌイユをブイヤベースのソースと共に添えたり、貝類やトリュフにもよく合いますね。」とのこと。廣田シェフにとって、いかにもフランスらしい食材なのだろう。また、日本でも手に入りやすく価格が安定している点もメニューに組み込みやすい理由の一つだという。
皮目をカリッと焼き上げたスズキにかけているのは、ソース・ヴェルジュ。未完熟の葡萄果汁で作る古典的なソース
今回はそのスズキをシンプルにポワレ。「皮目をカリッと焼きあげることが味の決め手。」とは廣田シェフ。香ばしく焼けたスズキに合わせたソースは、ヴェルジュソース。ヴェルジュとは未熟葡萄を絞った酸味のあるジュースのことで、フランスでは白身魚の料理にはよく使われるおなじみのソース。廣田シェフは、にんにくやエシャロット、トマトを合わせてライトに仕上げている。
『スズキのポワレ ソース・ヴェルジュ』。付け合わせは、焼いたフヌイユ(ういきょう)。スズキは、廣田シェフにとって最もフランスを感じさせる魚なのだとか
また、時には廣田シェフ渾身の逸品『磯魚と蟹のブイヤベース仕立て』が登場することも。このソースとなるスープ・ド・ポワソンへの手間の掛け方が生半可ではない。まず、スズキの頭と白ワインのみでフュメをとり、細かく砕いた蟹をよく炒めておく。そこに、内臓を取り除いたカサゴやメバル、ホウボウ、穴子といった磯魚を白ワインで蒸したものを合わせ、トマトやブーケガルニ、サフランと共に炊き上げたら、最後にムーランで潰しながら漉して、やっと完成する力作だ。そのままスープとしても出せる力量の味ながら、廣田シェフは贅沢にもソースに使用。カサゴにはヤリイカやシャンピニオンのデュクセル、そして刻んだほうれん草やクルトンを合わせて乗せ、オーブンで焼き上げている。「カサゴをぐしゃぐしゃにしてソースと合わせて食べてみてください。」とは廣田シェフ。
『カサゴと蟹のスープ・ド・ポワソン仕立て』。廣田シェフ渾身のスープ・ド・ポワソンは、コクがありつつ、後味は実に上品
出来立ての皿に顔を寄せれば、魚のソースから立ち上る磯の香りは豊かにして複雑味を帯び、鼻腔を抜けていく。口にすれば、様々な海のエキスが一体となって広がり、味蕾を覆う。だが、その濃厚な旨味に重たさはなく、カサゴとのバランスも上々。そこはかとなく感じさせる南仏の香りが店の雰囲気と自然に溶け込み、一時、異国の地を訪れたような気分にさせてくれる。
そしてメインの肉料理は、フランス伝統の味『牛肉のミロトン』。ハヤシライスの原型とも言われている料理だが、廣田シェフのそれは、ミロトンにしては肉の存在感が大きく、いわば“牛肉のブレゼ”といった出来栄え。肉は岩手県小形牧場の黒毛和牛で、そのミスジと頬肉を赤ワインと香味野菜で約3時間蒸し焼きにしている。これに、インゲンのサラダや玉ねぎのコンフィ、ジロール茸を合わせるセンスが心憎い。煮込み料理でありながら、見た目も味わいも軽やかに仕立てている。
『牛肉のミロトン』。岩手県小形牧場の黒毛和牛のほほ肉とミスジを赤ワインで約3時間蒸し焼きにした一品。写真の料理は、全て9000円~のお任せコースから
フィニッシュのジャック・ボリュー仕込み?のデザートも佳味。焼きたてのパイ生地を用い、目の前で仕上げていくミルフィーユなど、シズル感も美味。最後まで目と舌を楽しませてくれる。
【シオタ】の料理に、ガストロノミーレストランのような派手さはない。けれども、何を食べたかがはっきりとわかる明快さ、そしてそれを引きたてるための細やかな下拵えが味の要。加えて味の詰め方は、ガストロノミーに通じる緻密さがある。上質な普段着のフレンチとでもいうべき実のある美味しさがそこにある。
撮影/今井 裕治 取材・文/森脇 慶子
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