【アピシウス】、【レフェルヴェソンス】 で修業。伝統と革新を両立するシェフが群馬の食材をフランス料理に昇華させる|前橋【cepages(セパージュ)】
今、地方都市のレストランが盛り上がりを見せています。“出店するならまずは東京”とされていたレストラン事情が数年前から変化し始めたのです。富山【レヴォ】、福岡【GohGan】、石川【eaufeu】、滋賀【SOWER】、山梨【TSUSHUMI】など、注目店がこぞって地方にオープン。東京在住の食通たちはなんとしてもあの店へ! と足を運んでいます。そしてまたひとつ、わざわざ行きたくなる店が群馬県前橋市に誕生しました。
東京から新幹線を利用して約1時間半、長年シャッター通りと化していた群馬県前橋市の地元商店街がアートとデザインの街へと変貌を遂げています。その象徴のひとつ、複数のギャラリーとレストラン、住居が一体となった複合施設「まえばしガレリア」の一角に【cépages(セパージュ)】がオープンしました。
日本を代表する有名ギャラリーに囲まれた【cépages】
建物自体も芸術性を感じさせる空間で料理とワインのマリアージュという“アート”を披露する大役を担ったのは、石橋和樹シェフと内藤大治朗シェフソムリエのふたり。同世代で元同僚、なぜか気が合って職場が離れても連絡を取り合い一緒に食事をしていたと言うだけあって息はピッタリ。このふたりが創り出すマリアージュに期待が持てます。
石橋シェフに誘われて二つ返事で群馬へ転居したと話す内藤シェフソムリエ
石橋シェフは調理師専門学校卒業後、日比谷の東京有数のグランメゾン【アピシウス】で8年修業したのちに日本のテロワールレストランの代表格、「ミシュランガイド東京」で三つ星を獲得している青山【レフェルヴェソンス】でセクションシェフを務めた伝統と革新、両方に通じる逸材です。
学生時代のアルバイト先は浅草【オマージュ】。そこからフランス料理一筋の石橋シェフ
12皿前後のおまかせコースは33,000円、ワインペアリング33,000円というなかなか強気な設定ですが、それだけ自信があるということ。群馬県産を中心とした国内の食材をフランス料理のテクニックと東京の感性を組み合わせた日本人だからできるフランス料理に昇華させ、群馬の食文化と共に発信します。
ウェルカムシャンパンは常時2種類を用意しています
はじめの皿はレモンのコンフィチュールやシブレットを中に忍ばせタルタル仕立てにしたアオリイカです。白い世界かと思いきやアオリイカの下で潜んでいたのは真っ黒の「HALキャビア」。塩分濃度を抑えた養殖のキャビアはアオリイカの優しいうまみに寄り添います。仕上げにコブミカンの葉で作ったオイルとライムを閉じ込めたオリーブオイルの泡の香りが芳しく、食欲をそそります。シャンパンとの相性も良く、次なる皿への期待度が高まります。
アオリイカはねっとりとしていますが、細かく刻んでいるので泡とともに溶けてしまいます
2皿目は前橋市民のソウルフード「焼きまんじゅう」をフランス料理にという型破りな発想から生まれたスペシャリテ。フォアグラにブリオッシュを合わせるフランス料理とイメージが重なったそう。館林の小麦を独自で配合した生地を焼きまんじゅうに見立て、その上にフォアグラのテリーヌをのせ、高知県のサトウキビの搾り汁を煮詰めたシロップ「ボカ」を塗りながら焼きあげました。カリっとサクッとした揚げ焼き風の生地にトロッとしたフォアグラ、独特な風味と優しい甘さを持つ「ボカ」との三位一体の未知なるおいしさが口中を刺激します。
『ハンガリーフォアグラ 焼きまんじゅう 高知ボカ』
スペシャリテに合わせたのは「シャトーディケム」の「ソーテルヌ」。2005年のヴィンテージは状態も良く独特の香りと甘さが最強マリアージュを完成させました
上州地鶏のコンソメと卵で作った『フラン』の上に北海道噴火湾の「毛蟹」の餡をかけたひと皿。山椒オイルを回しかけ香りよく仕上げています。影の立役者は「針生姜」の食感と刺激。【レフェルヴェソンス】で作っていた山椒オイルや生姜を効かせた料理からインスピレーションを得たそう。この小さな器の中にたくさんの滋味が詰まっています。
その場にいた全員が口にした瞬間「おいしい」と言った料理
『フラン』とのペアリングはフランス・ブルゴーニュの辛口ワイン「David Butterfield CORTON GRAND CRU 2012」。薫香やミネラル感、凝縮した果実味が毛蟹と卵の深い味わいを引き立てます
「群馬は海がないので養殖の技術が秀でています。水替え不要の循環システムを開発して、そこで養殖したヒラメは薬剤を使わないので安心安全、しかもおいしいんです」とシェフ。そのヒラメをムースにしてほうれん草を巻きフランス料理の定番、パイ包み焼きに。ソースは酸味とクリームのコクがある「ヴァン・ブラン」と「スープドポワソン」を煮詰めてガラムマサラを加え、スパイスのメリハリを効かせた「ヴァン・ルージュ」の2種類。
フランス料理に欠かせないソースは後半になるにつれ濃厚になっていきます。そこでワインとのマリアージュが功を奏すると内藤氏
メインには青森の「銀の鴨」を炭火でじんわりと内部まで火を通し、最後に藁で燻して香りをつけます。ぷっくりと弾ける寸前まで膨らんだ雄の鴨はほどよい歯ごたえとしみ出るうまみがあります。添えたのは上野村の麦味噌「十石味噌」と京都祇園の黒七味を牛のだしで煮詰めて黒ニンニクを効かせたソース。ひと口ではわからなくても食べ進めると鴨のきれいに澄んだ深い味わいが主張を始めます。地産地消の素晴らしさを体験できる鴨肉とソースのみというシンプルを極めた皿にはシェフの名店での経験が存分に活かされています。
炭火でじっくりと火を入れていくと表面にうまみたっぷりのジュが溢れてきます
700年の歴史ある越前刃物の代表格「佐治打刃物」のステーキナイフを使用。包丁のレジェンドと言われる佐治武士作のステーキナイフはスゥーッと肉に入り、力を入れずともスパッと繊維を切ってくれるさすがの代物
メインの鴨にはどっしりとしながらもスルスルとした飲み心地の「Chateau Angelus 1er Grand Cru Classé 2004」を。ソースに使った味噌にマリアージュしたコクのあるメルロー主体のワインをセレクト
こちらは日本料理のごとく「〆ごはん」が供されます。だからフランス料理には欠かせないはずのパンがありません。それはパンでお腹を膨らせて欲しくないという思いから。ゆえに使う米は極上品。群馬県川場村で日本百名山の武尊山から湧き出る天然水で育ったコシヒカリ「雪ほたか」をスペイン料理の雑炊「カルドッソ」を作る鍋で貝柱のだしと上州地鶏のコンソメとともに炊き込み、リゾットにしています。
スペイン「Garcima社」製日本の「おじや」をイメージした「OJIYA」という名前の鉄製蓋付きの鍋でリゾットを作ります
炊きあがる前に炭火で焼いたノドグロと木の芽をたっぷりのせて蓋を閉めて数分蒸らします。蓋を開けて全体を混ぜるとノドグロの脂を纏った米は艶々、見るからにおいしそう! 木の芽のいい香りに癒されながら口にするとしっとりと弾力のあるノドグロとうまみをたっぷり吸った米、そして生姜の辛味とノドグロの薫香が複雑に絡み合うのです。今まで何度となくリゾットは食してきたけれど、チーズやバターに頼らずここまで素材のうまみだけで勝負できるリゾットにはお目にかかったことがありません。
さっぱりの奥に隠れていたコッテリが後から顔を出してきます
オープン前の準備期間は食材探しに奔走した石橋シェフ。海がない群馬県は畜産物のレベルが非常に高く、特に鶏、卵、乳製品は国内トップレベルだと話します。たくさんの食材との出合いの中で初めて飲んだ高崎市の「栗本牛乳」の雑味のないピュアな味に衝撃を受け、どうしてもアイスクリームを作りたくなったそう。通常使われる乳化剤や安定剤は一切加えずに「栗本牛乳」、「与那国島の薪炊きの海塩」、「喜界島のきび砂糖」だけで作ります。食事のスピードに合わせて提供する1時間前にアイスクリームマシンをかけたできたてのアイスは史上最高とも言える極上のなめらかさと味わいを堪能できます。
コースのプロローグとエピローグが白の世界だったのが印象的
こちらに来てイチから創りあげることに魅力を感じたと話す石橋シェフ。温度感を最重要視するシェフの皿はすべてがミニマル。それゆえ、食材のよさとシェフの腕が問われるのです。日本人に馴染みのある和の要素を取り入れながらもしっかりとフランス料理に着地させている石橋シェフの感性と技術の高さは遠方からわざわざ足を運ぶ価値があります。その料理を完全に把握して魅力を十二分に伝える内藤氏のサービス力も素晴らしい。まもなく日本だけにとどまらず海外からも美食家たちが駆けつけるに違いない、そう思わせる店が誕生しました。
メインのカウンターは6席、ダイニングは16席、21時からオープンするバーは12席という異なる3つの空間があり、シチュエーションにあった使い方ができるのも魅力です
撮影/宿坊アカリ 取材・文/高橋綾子
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