対岸の北朝鮮まで2.6km。故郷への思いがこもる「喬桐島」のソウルフード
韓国北西部の喬桐島(キョドンド)は北朝鮮と間近に向かい合う島。朝鮮戦争時に避難してきた人たちが、今も故郷に帰れぬまま暮らしています。島の市場ではそんなお年寄りらが、子どもの頃に食べた米菓子やあんこ餅を再現して販売。対岸地域の名物である冷麺も味わえます。
南北に分断された朝鮮半島の現状を間近に見られる「喬桐島」
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韓国北西部の喬桐島は北朝鮮まで2.6kmの距離にある
島には対岸の故郷に帰れないままの人が大勢暮らす
島の市場では対岸地域の郷土料理を味うことができる
70年の思いを味に込めて
南北関係の進展から韓国では境界地域への注目が高まる
北朝鮮までもっとも近いところで2.6km。韓国北西部の喬桐島(キョドンド)という島に、近年多くの観光客が訪れるようになりました。目の前の対岸は北朝鮮の黄海南道(ファンヘナムド)延安(ヨナン)郡。かつては隣の白川(ペチョン)郡と合わせて延白(ヨンベク)郡と呼ばれた地域です。広大な開けた一帯は延白平野と呼ばれ、朝鮮半島を代表する米どころとして栄えました。黄海南道の道庁所在地である海州(ヘジュ)市はビビンバが郷土料理として有名ですが、それを下支えするのが延白平野のお米です。
喬桐島の位置関係。青いラインが南北の軍事分界線
喬桐島は韓国の仁川(インチョン)市に属しており、隣接する江華島(カンファド)と2014年に開通した喬桐大橋で結ばれています。かつては船でないと行けない離島でしたが、車でも行けるようになったことが、近年観光客の増えた理由です。島全体が民間人統制区域内にあるため、入島時に身分証明書と申請書の提出を求められますが、外国人でも観光に行くことが可能です(江華島のバスターミナルから18番バスで1時間弱)。
人口3000人弱の島で大龍市場は中心的役割を担う
島には対岸の故郷に帰れないままの人が大勢暮らす
観光の中心となるのは大龍(テリョン)市場。10分も歩けばひとまわりできるほどの小さな市場ですが、足を止めて地元の方の話を聞いてみることで、この島の特別な事情が見えてきます。主人公は7~80代のお年寄りです。
チェ・ボンリョルさんの『カンジョン』1袋 W5000
市場入口近くの【青春ブラボー】は、89歳のチョン・ボンリョルさんが手作りの伝統菓子を販売する店。朝鮮戦争(1950~53年)の時に延白郡から一時避難のつもりでこの島に渡ったのですが、そのまま南北は分断されてしまい、気付いてみればもう70年近くになります。その間、韓国の各地を転々としつつ、4年前に「故郷に近いところへ住みたい」と喬桐島へ帰ってきました。
あんこ餅の『カンアジトク』は4個W5000で販売
店で出している伝統菓子は子どもの頃に食べたもの。米どころである故郷への思いを込めて作る米菓子とお餅が主力商品です。米菓子の『カンジョン』(韓国式のおこし)には煎ったエゴマや、黒豆、ピーナッツなどが入って香ばしく、大福に似たあんこ餅の『カンアジトク』はごろんと大きく食べごたえがあります。『カンアジトク』の直訳は「犬餅」ですが、これは日本統治時代に祭祀用の餅が贅沢品として禁じられ、その規制を逃れるために工夫をした呼び名だったとか。
大龍市場の【青春ブラボー】には島のお年寄りが集まる
ひとつひとつの商品に歴史的な背景があり、単に食べて美味しいだけではない、心を揺さぶられる地域の姿が伝わってきます。喬桐島ではこうした対岸の食文化を後世に伝えるため、延白郡から渡った第一世代の記憶を頼りに、料理を復元するプロジェクトにも力を入れているそうです。
【テプン食堂】の黄海道式『ムルネンミョン』W6000
島の市場では対岸地域の郷土料理を味わうことができる
老舗飲食店【テプン食堂】も対岸の食文化を味わえる店。自慢とするのは野菜ダシのスープにそば麺を入れた黄海道式の『ムルネンミョン』(冷麺)です。ほんのりと酸味のあるスープは最初あっさりとして物足りないようにも感じますが、ほんのりゴマ油の風味が効いて香ばしく、薄味の中から素朴なうまさがじわじわとにじみ出てきました。
『テハチョックッカルビ』中サイズW3万2000~
【チョウォン食堂】は喬桐島生まれのご夫婦が切り盛りする店。看板メニューの『テハチョックッカルビ』は、西海岸の名産であるコウライエビを豚カルビと一緒に煮込んだ鍋料理。料理名の「チョックッ」が塩辛の汁を意味し、味付けに名産であるアミの塩辛を用いるのが特徴です。コウライエビ、豚カルビ、アミの塩辛という、いずれもいいダシの出る3種が揃い踏みとあって、とにかくスープの味が絶品です。ぷりぷりのエビも、脂の乗った豚カルビも確かに美味しいですが、そのダブルキャストを差し置いてでも、ついついスープを夢中ですすってしまう見事さでした。
島の憩いの場【宮殿茶房】の『サンファチャ』W6000
いまの韓国ではなかなか見なくなった「タバン」(喫茶店)もこの島では現役です。【宮殿茶房】(クンジョンタバン)の名物である『サンファチャ』は、こってり甘い韓方茶。松の実、クルミといったナッツ類に加え、店の前で飼育する地鶏の卵黄が入っていました。あまりに具だくさんなので、飲むというよりも食べるお茶という感じです。
市場ではレトロな風情の理髪店も変わらず営業している
小さな市場ではありますが、思い出の詰まった郷土料理を味わい、地元の方の話もじっくり聞けて、いろいろと考えさせられることの多い時間でした。昔ながらの「タバン」でしばしゆったりと、頭と気持ちを整理できたのも貴重だったかもしれません。行くのは少したいへんですが、韓国という国をより深く知りたい方にはおすすめ。わずか2.6km先の故郷に帰れない、南北分断の現実をまさしく肌で感じられる場所です。
【青春ブラボー(청춘부라보)】
電話:+82-10-3126-5220
住所:仁川市江華郡喬桐面大龍アンキル54番キル32
住所:인천시 강화군 교동면 대룡안길54번길 32
【テプン食堂(대풍식당)】
電話:+82-32-932-4030
住所:仁川市江華郡喬桐面大龍アンキル54番キル21
住所:인천시 강화군 교동면 대룡안길54번길 21
【チョウォン食堂(초원식당)】
電話:+82-32-934-5102
住所:仁川市江華郡喬桐面大龍アンキル36
住所:인천시 강화군 교동면 대룡안길 36
【宮殿茶房(궁전다방)】
電話:+82-32-934-0078
住所:仁川市江華郡喬桐面大龍アンキル36-1
住所:인천시 강화군 교동면 대룡안길 36-1
八田靖史(フリーライター)
慶尚北道広報大使、慶尚北道栄州市広報大使。コリアン・フード・コラムニスト。2001年より雑誌、新聞、WEBで執筆開始。トークイベントや講演、韓国グルメツアーのプロデュース。近著に「イラストでわかる はじめてのハングル」(高橋書店)。WEBサイト「韓食生活」を運営。
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