早くもリピーター続出! クラシックな和食の新店【西麻布野口】
正統でありながら革新的なセンスが光る【山﨑】、ボリュームたっぷりの料理と良心的な価格で人気の大竹】、料亭を思わせる数寄屋造りの内装も魅力の【日本料理 常盤】等々、個性溢れる和食店が立ち並ぶ西麻布界隈。そこにまた一つ、期待の新店が誕生した。2022年1月11日にオープンした【西麻布野口】がそれ。店主の野口正太朗さんは、33歳の若さながら、銀座の鮨店を皮切りに銀座【小十】や神宮前【樋口】など和食の名店で研鑽を積んできた期待のルーキーだ。
2022年1月11日にオープン。ご主人の野口正太朗さんは、銀座【小十】や神宮前【樋口】などで研鑽を積んだキャリアの持ち主だ
もともと職人に憧れていたという野口さん、縁あって和食の道に進んだそうで、曰く「昔の仕事を大切にしつつ、新しい食材や仕事にもチャレンジしていきたいですね。」と目を輝かす。例えば、5月なら、粽寿司をコースに入れるなど行事食的なメニューも積極的に取り入れていくつもりだとか。月かわりのおまかせコースは24,200円(サービス料なし)。
白木のカウンターも清々しい店内は、数寄屋造りをイメージした落ち着いた雰囲気
取材日の初夏のコースは夏の訪れを告げる蓴菜(じゅんさい)と鮑の一品から始まった。2品めはオコゼの天ぷら。最初は、ビールやシャンパンなど泡系から始める客が多いことを踏まえ、コースの早い段階で揚げものを、というわけだ。生ウニと毛ガニをあしらった冷製茶碗蒸しで舌をリセットした後は、お凌ぎの出番。これも、「お酒を飲まれる方が悪酔いしないようお腹の足しになるものを。」という配慮からだ。
職人に憧れて料理の道に進んだ野口さん。料理に対する真摯な姿勢の中には、日本の文化に対する敬愛の念が静かに息づいている
今回は、これから旬を迎える穴子の押し鮨が登場。ふうわりと柔らかく煮込んだ穴子は脂ののった対馬産。砂糖はやや控えめにして煮含めているそうで、それもあくまで料理屋の鮨としての立ち位置から。
『穴子の押し鮨』は実山椒のグリーンが鮮やか。穴子は甘さを控え、薄口醤油で上品に味を整えている
野口さんによれば「コース半ばにお出しするのでお酒に合うよう、甘さは控えめにし、やや醤油が勝った味付けにしています。」とのこと。米のあまみを引き出すよう炊かれた鮨飯のもっちり感に、穴子の優しい風味がしっとりとなじむ。
初々しい実山椒の緑と香りで夏の足音を感じたところで、お椀は鱧(ハモ)と賀茂茄子(かもなす)。オーソドックスな夏の味に、古典を敬愛する野口さんの意向が偲ばれる。
『アラと車海老の盛り合わせ』。九州から直送のアラは、10kg級の大物。醤油と水塩を添えるのが野口流。水塩にしているのは「塩がつきすぎてしょっぱくならないように。」との配慮からだ
お椀の次はお造り。近頃は、お椀より先にお造りを出す和食店も多い中、昔ながらのセオリーを守る姿勢も好ましい。「お造りは、少しずついろいろ楽しんで貰えるよう2回にわけて出し、そのうち一皿は何かしら手をかけたものにしています。」との言葉通り、一品めのカツオのお刺身は、上から玉ねぎ醤油がかかり軽い漬け感覚。続く2品めはアラと車海老の盛り合わせだが、ただ切っただけ、では決してない。
車海老は、より甘みを引き出すためサッと湯通しするが、その際、海老が曲がらないよう竹串を刺す
10kgサイズの大きなアラは、5日ほど寝かしてねっとりした旨味を引き出し、車海老は殻ごとさっと火を入れてあまみを引き立たせるなど、見えないひと手間をかけている。ちなみに、魚介は毎朝豊洲に通うほか、九州や四国からも取り寄せているそうで、アラも九州からの直送品だ。
南アルプスの伏流水で育てられた長野県飯田の“匠天龍鮎(たくみてんりゅうあゆ)“。活けのまま炭火で焼き上げた鮎ならではの香ばしさが人気だ
コースのハイライト“焼き物”は、夏の風物詩とも言える清流の女王、鮎。野口さんが選んだのは、長野県飯田の“匠天龍鮎(たくみてんりゅうあゆ)”だ。聞けば、この鮎、養殖ながら「南アルプスから湧き出る地下水を利用し、低密度で育てているため余分な脂肪がつかず、天然に限りなく近い半天然鮎。」なのだそうで、綺麗にひれの立った焼き上がりは活けの鮎を焼いている証拠。
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“鮎に黒ビール”は、【吉兆】の創始者、あの故湯木貞一氏が好んだ組み合わせ。ここ【西麻布野口】でも、魯山人(ろさんじん)の写しのビールジョッキで、鮎と共に黒ビールを提供している。
「例えば、コースの中にとうもろこしの擦り流しや千両茄子の煮物など野菜を挟みつつ、最後まで食べ疲れないよう気をつけています。」と野口さん。野菜も鮮度が大切と気を遣っている
口直しのとうもろこしの擦り流しの後は、千両茄子(せんりょうなす)の煮物で一息ついて、クライマックスは金華豚(きんかとん)のしゃぶしゃぶ。千切りにした人参、姫竹、新ごぼうなどの野菜と豚バラ肉の鍋で、最近はあまり見られなくなった沢煮椀(さわにわん)をアレンジしたものだ。また、「しゃぶしゃぶの代わりに鴨の治部煮を出すこともありますね。金沢の郷土料理ですが、こうした古くから続く料理が好きなんです。」とは野口さん。
『鴨の治部煮』は、野口さんが好んで作る料理の一つ。コースの最後に、温物として提供することも
だが、その治部煮にも一工夫。葛打ちした鴨は、従来のように煮込むことなくさっと湯通しするのみ。そこに、夏が旬の青森産野辺地かぶを添え鼈甲餡(べっこうあん)がかけられている。こうすることで、鴨に火が入りすぎることを避けると共に、それぞれの味の輪郭にメリハリがつき、飽きずに食べることができるわけだ。
〆の食事は土鍋で炊いた白飯と鰻でミニ鰻丼。今後は、桜海老ととうもろこしの炊き込みご飯もスタンバイしているとか。米は群馬の雪ほたか。“幻の米”と言われ、“全国食味分析鑑定コンクール”では連続金賞を獲得した極上のコシヒカリだ。
物腰柔らかな野口さんは一児のパパ。「厨房にもう少し余裕ができたら、最後に手打ち蕎麦もお出ししたいと思っている。」そうだ
最後野のデザートはさっぱりとフルーツポンチ。そしてアイス最中でコースは終了。ちなみに、夜は6時スタートの一斉始まりながら、回転はさせない。昨今、高級和食店で定番化している2回交替制ではないゆえ、食後もコースの余韻をゆっくり楽しめるのも嬉しい限り。
西麻布の古い雑居ビルの一階ながら、引き戸を開ければ、清廉とした和の空間が現れる
デザートも含めて全14品と品数は多いものの、味の強弱をつけた料理運びや一皿の量の程合いの良さのせいだろうか。「食べ疲れしない味を。」との思いが伝わる食後感が印象的だ。早くもリピーターの食いしん坊らで賑わっている。
取材・文/森脇 慶子 撮影/今井 裕治
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