築100年の古民家を新たな舞台に、在来種の蕎麦の魅力を伝える蕎麦の名店|目白【蕎麦おさめ】
在来種と蕎麦に特化した手打ち蕎麦の店として蕎麦通らの熱い支持を受けてきた【蕎麦おさめ】が移転。高級サロンを思わせるスタイリッシュな西麻布の店舗から、目白の古民家を改装した浪漫溢れる一軒家へと生まれ変わった。
目白の大通りを一歩入り、まるでアプローチのような石畳を行くと、“蕎麦おさめ”と記された生成りの暖簾が目に入る。引き戸を開け、靴を脱いて上がれば、座敷はすべてフローリングにリフォーム。すべすべとした杉の木の床が足肌に心地よい。年代を積み、磨きこまれた床柱や木目も美しい天井板、よしずの簾戸が情趣を添える店内は、100年の風雪に耐えてきた家屋ならではの、どこか風格ある佇まいと独特の空気感が伝わってくる。
黒塀によしずを張った引き戸と風情ある佇まい暖簾のおさめの文字が印象的だ。
雰囲気はガラリと変わったものの、蕎麦の内容はそのまま。もちろん、在来種十割のおいしさも以前と変わらない。否、蕎麦屋のシチュエーションとしては最高とも言える舞台を得て、更にパワーアップした感さえある。蹲(つくばい)や灯籠を配した坪庭を眺めつつ手繰る蕎麦はまた格別。せいろ、粗挽き、玄挽きと3種のもり蕎麦を食べ比べる至福は、蕎麦通にとってまさに愉悦のひとときだろう。
床の間を飾る掛け軸やアンティークなお皿は、女将のお父様のコレクション。床はフローリングに。
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つくばいに灯籠と風趣豊かな坪庭は、庭師である女将のお兄さんが手がけたもの。
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にじり口から入る個室は、茶室を改装したもの。
だが、せっかくのこのステージである。いきなり蕎麦もいいが、蕎麦の前に一献傾け、蕎麦屋呑みと洒落込むのも悪くない。まったりとした時の流れの中、空間を丸ごと味わうひとときも蕎麦好きの密かな楽しみである。
さて、そのつまみだが、蕎麦屋のそれはあまり派手すぎない方がいい。玉子焼きに板わさ、焼きみそ等々蕎麦屋の定番と言われるつまみには、どれも蕎麦に用いる調味料や食材が使われている。蕎麦のだしやかえしで味付けした玉子焼き、おかめ蕎麦に使うかまぼこを引用した板わさといった塩梅だ。
ご主人の納剣児さんは、【竹やぶ】、【大川や】、【東白庵かりべ】で修業後、独立。
ここ【蕎麦おさめ】でも、これらの定番をきちんとラインナップ。それも、焼きみそは、ただ味噌を焼くだけでなく、柚子や白胡麻、素揚にした海老の尻尾などを砕いて混ぜるなどひと工夫する気の入れよう。熱々の石に乗せられ登場する味噌を箸でひと舐めするや、柚子の爽やかな風味が口中に広がり、後から香ばしい海老の香りが鼻に抜けていく。呑兵衛ならずとも、つい日本酒が欲しくなること請け合いだ。板わさにしても、和歌山の老舗かまぼこ店の手作り品を取り寄せるなどお決まりのメニューもおろそかにせず、独自にパワーアップさせている。
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蕎麦三昧コース(9,350円)の最初に供される前菜の盛り合わせ。
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だしをたっぷり含んだ玉子焼き。写真は、ハーフでコースの一品。
『かつおのちり酢かけ』(1,760円)は、本日のおすすめの一品。醤油のほか、もり汁やレモンの汁で味付けしている。
そのほか『車海老の味噌漬け焼き』や在来の大豆てつくった『生湯葉刺し』、5日間かけて煮込んだ 『お通しにしん』というように、あくまでも、蕎麦の前哨戦としての立ち位置をわきまえた献立が好ましい。それでいて、『モロヘイヤとおくらのお浸し』や『とうもろこしとそば粉の磯辺揚げ』といった「本日のおすすめ」と称する季節メニューも用意。こちらは旬の食材を取り入れつつ、ひと手間かけた仕上がりとなっている。
例えば鰹。切りつけたものを刺身としてそのままだすのではなく、前もってチリ酢をかけ、小鉢ものとして提供しているのだ。
アルコール類も幅広く用意。ワインやシャンパンもあるが、このシチュエーションで頂くなら、やはり日本酒が相応しい。迷ったら、日本酒の講師も務めているという有能な女性スタッフに相談するのもいいだろう。
日本酒は、常時15〜6種が揃う。左から日高見1合1540円、森嶋1合1,980円、まんさくの花1合1,760円。五勺から注文できる。
そして、いよいよ真打ち、蕎麦の出番だ。常時20種余りが揃う在来種の中から、毎日3種を打ち分けているそうで、取材日は、せいろが富山の山田清水(しょうず)在来、粗挽きが熊本久木野在来、そして玄挽きが福井の池田在来といった顔ぶれとなっている。
殻付きの状態の玄蕎麦。よく見ると、粒の大きさが不揃いなのがわかる。この雑駁さが在来種の蕎麦の旨さの由縁だ。
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奥は福井の池田在来の玄蕎麦。手前が殻を取り除いた丸抜きの蕎麦。写真は広島の比和在来。
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つなぎを使わぬ十割蕎麦。この状態で2~3日寝かし、熟成させることもある。
ご主人の納剣児さんによれば「品のいいあまみのある山田清水在来は、滑らかな喉越しを味わうのに適したせいろに。噛むほどに穀物感が溢れる久木野在来は、よく噛んで食べてもらえるよう太めの粗挽きにしています。」とのこと。また、蕎麦の実を殻から挽いて打つ玄挽き蕎麦は、本来なら太打ちにして野性味溢れる味わいを楽しむのが常套だが、納さんはあえて細打ちに。そうすることで、力強さの中にも喉越しの良さとたおやかな味わいを兼ね備えた蕎麦に仕上げている。
『玄挽き蕎麦』。取材日は、福井県池田在来。いわゆる挽きぐるみで殻ごと挽いた野趣溢れる味わいが持ち味だが、「おさめ」のそれは、細打ちにすることでたおやかさも加味している。
『粗挽き蕎麦』は、鼻を寄せただけで薫るナッツ香とボディのあるあまみが特徴の長崎県対馬在来。対馬在来は、日本の蕎麦の中で最も原種に近いと言われてもいる。
広島の珍しい比和在来で打った『せいろ蕎麦』。微粉ならではの喉越しの良さに加え、清しい香りと炊いた米のようなあまみが持ち味だ。蕎麦はいずれも一枚1,320円。130gとボリュームもたっぷりだ。
香りと甘みが強く、それでいて独特の柔らかな風味のある池田在来種を挽きぐるみで味わう趣向も粋。それも、在来種の持ち味や可能性を最大限に引き出そうとする納さんのたゆまぬ努力と在来蕎麦への愛情ゆえ。ちなみに、それぞれ打つ蕎麦の品種は日々変わる。この3種を食べ比べたい向きには、蕎麦三昧コース(9,350円)かおすすめだ。
夏限定のすだちの冷かけ蕎麦2,200円。すだち風味も清々しく暑い日に嬉しい一杯。蕎麦は、せいろと同じ比和在来を使用。
撮影/佐藤顕子 取材・文/森脇慶子
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