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更新日:2024.05.24食トレンド 旅グルメ

開業10周年を迎える「ザ・リッツ・カールトン京都」のコラボレーションランチで、3人のシェフがつくった料理と、【ムガリッツ】のシェフが語ったこととは?

2024年3月28日、「ザ・リッツ・カールトン京都」は開業10周年を記念して3人のシェフによるコラボレーションイベントを開催。日本、スペイン、イタリアの気鋭のシェフが交わることで起こった科学反応と、そこで語られた言葉をレポートする。

ザリッツカールトン京都

京都のホテルが【ムガリッツ】のシェフを呼べる理由

去る3月28日、「ザ・リッツ・カールトン京都」の【ラ・ロカンダ】の厨房で、国内外から支持を得る3人のシェフが同時に腕を振るっていた。その3人とは、スペイン・バスク地方【ムガリッツ】のアンドニ・ルイス・アドゥリス氏、東京【イル・リストランテ・ブルガリ東京】のルカ・ファンティン氏、京都【シェフズ・テーブル by Katsuhito Inoue】の井上勝人氏。

なぜ3人のコラボが実現できたかといえば、アドゥリス氏はファンティン氏と井上氏の師匠で、ファンティン氏は井上氏の師匠であり長年の友人だから。3代の子弟関係によって紡ぎ出される料理の系譜が、京都で披露されることとなった。これまでファンティン氏と井上氏のコラボはあったが、今回は初めてアドゥリス氏も加わるとあって注目を集めた。

    井上勝人

    率先して本企画を実現させた井上勝人氏

アドゥリス氏といえば、「世界のベストレストラン50」の上位常連であり、2023年度はアイコン賞を受賞。25年に渡りバスクのガストロノミー界を牽引し、スターシェフとなった弟子を世界中に持つ。自身は伝説となったレストラン【エル・ブジ】出身だが、同店とはまた違う形で人々を驚かせる料理を展開する。

例えば“Sake Handkerchief”は日本酒を染み込ませた食べられるハンカチ。そんな誰も予想がつかない料理を提供するのが【ムガリッツ】だが、とことんユニークになれる大きな理由は、毎年1月から4月までの休業期間にもある。その間、アドゥリス氏と研究開発チームは世界中を旅してクリエイティブな感性を磨き、新メニューを開発。3月末の来日もその一貫だ。ファンティン氏と井上氏について、「ふたりの料理を見るのは私にとって有益なこと。享受が多く、彼らから学んでいます。学びを栄養に自分を豊かにするのです」と話すアドゥリス氏だからこそ、成立したコラボだった。

    ザリッツカールトン京都

    3人の写真が並ぶメニュー表

「いつも必要なのは学ぶこと。私にとって怖いのは、朝起きた時に好奇心を失っていた時。それは命を失ったのと同じことです。そうならないためにも学び続けたい」とも言い、多くのシェフから尊敬されるのは、その姿勢にもある。

個性の異なる三者によるコースは準備が大変に思えるが、「私たちはお互いをよく知っていて、どんなことが可能か分かります。というのも、私はクルマのタイヤ交換はできないけど、料理はできますからね」とアドゥリス氏。料理だけでなく言葉も個性的で、理に適ったユーモアを感じさせるシェフなのだ。【ムガリッツ】の壁には大切なメッセージが書かれているが、そのひとつが“exactitud(正確さ)”で、実はスペルが間違っていて、「すべてが完璧になったら、非完璧性を求める」意図の表れだったりする。

コラボコースには、師匠へのオマージュも含まれた

    ザリッツカールトン京都

    柔らかなコットンに包まれた人肌の『Ama』

コースの1品目から出席者は別世界に連れて行かれた。『Ama(アマ)』という名のアドゥリス氏によるひと品は、なんと“おっぱい”。「Ama」はバスク後で母を意味し、シリコン製のおっぱいの中には干し草で香りをつけたミルクが入っている。触感もリアルで、温度は体温と同じ37℃。いい大人が戸惑いながらも笑顔で乳を吸い、「初めての体験」だと言ったりするが、ほぼ全員が赤ん坊の頃にしていた行為。国籍を問わない共通体験を思い返し、まるでインタラクティブアートのようだ。

実は、フランス人女性アーティストとのコラボレーションから生まれた料理。乳がんを患った彼女がその経験を元に作ったアートがあってできたひと品だ。バスクでは羊のミルクが入りローカル感も出す。トリッキーなようで遠く忘れていた温かみやありがたみに触れるのが興味深い。

『Ama』を1品目にしたことについて、「【ムガリッツ】の世界観をまずはみなさんに楽しんでいただきたかったからです。手で吸う行為も、フォークやお箸を使うより五感で楽しめます」と井上氏。来日8回目で日本の食材に詳しいアドゥリス氏に、京都でどんな料理を作りたいかを考えてもらった結果、その後はイカとウニがそれぞれムガリッツ流に提供された。

    ザリッツカールトン京都

    井上氏による、野菜の切れ端を練り込んだフォカッチャと野菜付きペースト

ファンティン氏と井上氏は、独自性と、【ムガリッツ】へのオマージュを融合させた料理もつくった。例えば井上氏は、【ムガリッツ】のスペシャリテであるハーブと花のサラダ『ベルドゥーラス』にオマージュを込めたサラダを、自身の店で提供しているが、今回はサラダとしては組み込めなかったので、派生となるペーストをフォカッチャに添えて提供。なお、『ベルドゥーラス』は元々、フランスにある【ミシェル・ブラス】のサラダ『ガルグイユ』に影響を受けてできた料理なので、【ムガリッツ】のフィルターのあと、井上氏が大切にするサステナブルな観点が加わり、京都の旬に着地していることになる。

    ザリッツカールトン京都

    ファンティン氏による冷製イカ墨パスタ

オマージュの他、それぞれの個性が全面に出る料理も組み込まれ、ファンティン氏らしかったのはイカ墨を練り込んだ冷製パスタ。「コールドイタリアン蕎麦(笑)」と紹介されたスパゲッティだ。キリッと冷やされた麺が、魚介のストックとキャビアのペーストが入ったソースをまとい、歯切れもよく、そこに合わせられたのが「Jean Lallement」のロゼ シャンパーニュというのも小粋だった。

    ザリッツカールトン京都

    右からアンドニ・ルイス・アドゥリス氏、ルカ・ファンティン氏、井上勝人氏

コース終了後、「アンドニが新しい技術を私たちに教えてくれるのは、20年前とまったく変わらない。その料理を食べ、説明してもらい、【ムガリッツ】のキッチンで仕事をしているようでした」と井上氏。時を経ての師弟間コラボは、それぞれに新たなインスピレーションを与えたようだ。

    ザリッツカールトン京都

    コラボコースの全容

【シェフズ・テーブル by Katsuhito Inoue】では、今後もコラボレーションや季節ごとのイベントを企画しているので要注目。気候の変化や動植物の様子を短い文で表した「七十二候」をテーマにしたシェフズテーブル(水曜〜土曜)でも、京都の恵みや日々更新される創意工夫を感じられる。

「食べることは、楽しくて素晴らしいことであるべき」

最後、参加者から日本で得る影響を聞かれると「Mucho(とても), mucho,mucho!」と繰り返したアドゥリス氏。「私にとって魔法の国。日本から影響を受けないなんて不可能です。私が作っている料理は日本の精神を表現していると言ってもいい」と言う。

「最初の来日ではまったく何も分かりませんでした。だからこそ、日本を理解したくなりました。そして理解したのは、日本の文化は、完璧さを追及するのが標準であること。それが、私が魅了させられた理由であり、最高に気に入った日本の個性です。手仕事をする人間にとって、完璧主義が重要だからです。ハンドメイドの仕事をする職人は、今日、何をしますか? 昨日と同じことの繰り返しです。でも、同じことでも、昨日より良いものを作りたい。次の日、そのまた次の日は、もっともっと良くしていきたい。それが、今こそ大きな価値を持つのです。というのも、今の時代はどんな仕事もライン作業になっていて、スピードばかり重視されます。何もかも速く行われ、人々はみんな忍耐がなくなり、すぐに記憶は塗り替えられ、すぐに気が移ってしまう。でも、職人とは忍耐だと思うのです」

時短化の世の中にうんざりする様子でアドゥリス氏は続ける。

「昔はテレビドラマの今日の放送が終わったら、次回は来週まで待たなければならなかった(今はまとめて観ることができる)。映画も音楽も短くなって、私たちは古きよき長い作品に詫びを入れないといけない。現在は物事がスピーディに飛ぶように進んでいくけれども、速すぎる時間について釈明する必要がある。なんでも“いますぐ”。待つことができないから、仕事にも時間を費やさない。だからこそ、私にとって日本は重要です。日本は職人芸の国であり、物事をつくるには、それ相応の“時間を費やす”ことが必要であることを分かっている。そういう国だから、私は日本を走り去ることはできません。以前は何かをやろうとしたらもの凄く時間がかかって、ほぼ一生を費やすこともありました。私はその文化のなかに生まれた人間です」

    ザリッツカールトン京都

    2022年夏には、サンセバスチャンにカジュアル店の【Muka】を開業している

「私にとってレストランに立つことはショーの舞台に立つようなもの」とも話すアドゥリス氏。

「人々に“圧巻だ!”と思わせたくて、そのために努力します。みなさんに楽しんでほしいし、心を揺り起こしたいから。時に感動は起こらないかもしれない。それは私のせいでもあるだろうし、一方でお客さんによるものかもしれない。簡単に言えば、魚が好きじゃないなら、一体何のために日本に来ますか? 自分がどこに行きたいかは、自分できちんと知らないといけない。面白いことに、この問題はガストロノミーだけによく起こります。ファッションは自分が欲しい服だけを買いますよね。どんなアーティストか知らないで、コンサートのチケットを買う人もいない。オペラに行くなら相応の格好をし、パンクならそれっぽい格好をする。自分が行く場所を分かっています。もしも行ったレストランの料理に興味がなかったら、行く場所を間違ったのかもしれないのです」

そう媚びずに言えるのも、「料理とは知識の集大成」と考え、世界中のシェフに会い、あらゆる料理を食べ続けたシェフだからかもしれない。長年の実体験が注ぎ込まれる料理で、圧倒的にユニークな食体験をつくるのが【ムガリッツ】だから。「人生とは複雑ですからね。レストランにいるほんの3時間だけ、人々を現実とは別の境地に連れ出したい」という気持ちが、クリエイティビティのスタート地点。最後に、バスク人のシェフとして根本に根づく言葉を残し、会はお開きとなった。

「私にとって食べることはパーティーと一緒です。食べることは、楽しくて素晴らしいことであるべきです」

この記事を作った人

取材・文/大石 智子 通訳/相川知子

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