白金【山(Yama)】~ヒトサラ編集長の編集後記 第73回
アシェットデセール。直訳すれば「皿に盛りつけられたデザート」とでもいった意味になるのでしょうが、近ごろその進化が著しいと聞きます。一般的なデザートではなく、シェフが目の前で旬の果実を様々に調理してくれコース仕立てにもなるとなれば、もうひとつの食事のスタイルと言えるでしょう。白金に移転した【山】(Yama)に秋の無花果のコースをいただきに行きました。先日アシェットデセールでは初めてミシュランの星を獲得したお店です。
アシェットデセールの人気店【山】(yama)に伺うのは久しぶりです。前より一段とお洒落になった気がします。15時の席だったので、ランチは食べずに来ました。
静かなクラシックの流れる店内に誘われ、カウンター越しの勝俣孝一シェフの前に座ります。勝俣さんは、フランスやオーストラリアでも修業、活躍された有名パティシエで、彼の前には本日の主役である立派な無花果と葡萄が用意されています。
無花果は、手前から山口県のヒメホウライ、八女のトヨミツヒメ、そして黒いおぎビオレーは佐渡島の希少種です。
それと美しいシャインマスカット。掛け合わせで作られた黒いフジノカガヤキ、赤いマイハートと葡萄が並びます。
シャンパーニュをいただいても良かったのですが、今日はノンアルコールで通してみましょう。
まずはあまりに人気過ぎて一時は封印していたというカプレーゼ。もちろんイタリア料理のそれではなく、デザートっぽくバジルのパンナコッタやトマトのジュレが使われ、葡萄のソルベが乗っかっています。添えられたのはコブミカンと胡椒を使ったお茶。コブミカンというエスニックな香りをお茶にすると山椒を感じました。爽やかなスタートです。
梨とベルベーヌ(レモンバーベナ)のアイスです。ベルベーヌは山梨にある自分の畑で育てたものだとか。そのうえに潰した梨を乗せます。この梨は2℃に冷やした上、冷蔵庫に入れて冷やしたミキサーにかけるほどの徹底した温度管理で調理されています。添えられたハーブティは熱く、梨の冷たさとのバランスが極端で、エッジの立ったハーモニーがユニークです。
棚にオブジェのように置かれている食材が気になっていたのですが、飛騨高山の宿儺南瓜(すくなかぼちゃ)というものだとか。シェフが見せてくれます。
「これを使った一皿を出します。いわゆるパンプキンとはぜんぜん違いますからお楽しみください。合わせるのは焙煎ほうじ茶。藁で燻製かけてるんですが、これって秋の農家の稲刈り時の風景なんですよ。秋のイメージが広がると思います」。
宿儺南瓜の料理はカップのなかで三層になっていて、パンナコッタとこの南瓜でつくったアイスにソースがかかっています。南瓜が思いのほかシルキーで、ほくほくしません。上にかけられた落花生オイルの香ばしさと、そしてほうじ茶です。見事に秋の田舎の風景が香りのなかから浮かんできます。
とても美しい焼き無花果が出てきました。これはちょっと崩すのが嫌ですね。「焼き無花果の下はきなこのカスタード、そして黒蜜のソース。これって信玄餅のイメージなんですよ」とシェフ。山梨出身のシェフらしい表現ですね。
食べる前から美味しいオーラを纏ったこの一皿に合わせるのにコーヒーが出されました。ちょっとペアリングとしては不思議な感じです。「実はコーヒーは香りだけ欲しかったんです。酸味や苦みはいらないのでドリップして水を差して香りだけ抽出してみました」とシェフ。とろける無花果の繊細な甘みに、確かに強いアタックは不要ですね。コーヒーの香りを甘味の余韻に纏わせていただきましょう。
次はちょっとお料理っぽく、とシェフが出してくれたのが、キノコのコンソメと栗が乗っかったお皿です。冷たい栗の下に茄子のピューレが敷かれ、これは焼き茄子のような味わい。栗は浅く蒸されて食感がよく、香り高いキノコのコンソメによく合います。これも深い味わいを湛えた秋を感じる料理です。
「山口県の生産者で肥料まで自分でつくる方がいて、僕が一番信頼しているのですが、その方の庭をイメージしてみました」と出してくれたのは無花果と栗のマリネ。「日本蜜蜂の蜂蜜を使ってマリネしています。ジュレもそうです。無花果と栗と洋梨アイスですね」。
日本蜜蜂の蜂蜜は西洋のそれよりあっさりしていますが、より繊細で体に優しい感じがします。勝俣シェフはこの洋梨のアイスとこの蜂蜜の組み合わせが一番好きなのだとか。合わせてくれたのは自生している松と柿を葉を使ったお茶。森の味です。
春巻が出てきました。「秋巻です」とシェフ。「無花果、カシス、シナモンが入っています。素材を生かすための火入れをしています」。紙で巻いて手に取っていただきます。
面白い趣向ですね。温かくて甘くて酸っぱい。カシスに当たると酸味が面白い広がりをみせます。ここだけ、先ほどの森のお茶を引き続き合わせます。
綺麗な緑色の飲み物が出てきました。八女の本玉露です。これと定番の胡麻アイスが出てきます。
シェフが言うように、アイスを口に入れて飲み込まずにお茶を飲むと鼻から香ばしい胡麻の香りが抜けていきます。玉露の旨味がぐんと引き立つような味わい方ですね。
「ブルーチーズが出るので、赤ワインもありですよ」と勧められましたが、今日はぜったいノンアルコールが面白い。
お皿には今日いただいた無花果、栗、梨がオールスターでごろっと勢ぞろい。秋の葉で彩られ、ここで焼いたというパンとブルーチーズのムースが添えらます。
結構ボリュームもあり、満足感に包まれました。デザートでこれだけのコースを出していただけると、これはもう立派な食事、いや、洗練された懐石料理の趣でしょうか。
いただきながらずっと日本料理の出汁のニュアンスを感じていました。北海道のドメーヌタカヒコのナナツモリを初めて飲んだ時、これに近い印象を持ったことを思い出しました。
日本のテロワールの奥深さ、素晴らしさを改めて感じた次第です。
小西克博/ヒトサラ編集長
北極から南極まで世界100カ国を旅してきた編集者、紀行作家。
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