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更新日:2019.03.30連載

名だたる料理人から絶大なる信頼を集める、食猟師・小野寺望のジビエの魅力

宮城県牡鹿半島で猟師をしている小野寺望さん。彼が扱う食材は著名な料理人たちから絶大な信頼を得ており、全国からシェフたちが彼の想いや考え、技などに触れるために小野寺さんのもとを訪れる。彼が運営するジビエ事業「Antler Crafts(アントラークラフツ)」はそんな不思議な場所だ。21年間狩猟をしているベテランとはいえ、どうしてそこまで人気があるのだろうか。

名だたる料理人から絶大なる信頼を集める、食猟師・小野寺望のジビエの魅力

猟をするようになったきっかけは“最高のおもてなし”をするため

    鹿の性別や年齢などをほんの一瞬で見極めてから、納得いく場合のみ発砲する。小野寺さんは銃での猟をメインとしているのが特徴だ

    鹿の性別や年齢などをほんの一瞬で見極めてから、納得いく場合のみ発砲する。小野寺さんは銃での猟をメインとしているのが特徴だ

 幼少時から親戚のおじさんたちが獲ってきた鴨やキジを家で食べていたという小野寺さんは“ジビエは最高のごちそう”と話す。フランス料理をはじめ、海外では価値のあるものとして評価されているが、日本ではジビエというとゲテモノに近い感覚を持っている人が多いなと疑問を抱いたという。そして小野寺さんは“本当のジビエの価値”を伝えるために食猟師になった。

    「自分の元を訪れる人たちには、天然の食材に触れてもらったり、その食材の料理を食べてもらったり、できる限り “最高のおもてなし”がしたいんです」と照れ臭そうに微笑む小野寺さん

    「自分の元を訪れる人たちには、天然の食材に触れてもらったり、その食材の料理を食べてもらったり、できる限り “最高のおもてなし”がしたいんです」と照れ臭そうに微笑む小野寺さん

 猟師として活動をしてからしばらくした後、東日本大震災がきっかけとなりニホンジカの解体処理をはじめとした鹿肉や鴨肉の卸販売、アウトドア料理の指導や自然との関わり方や食育に関するワークショップなどを行う「Antler Crafts」というジビエ事業をはじめた。

 現在は、音楽プロデューサーの小林武史さんが実行委員長を務める芸術祭「Reborn-Art Festival」の食プロジェクトの一環として、2017年7月に設立された鹿肉解体処理場“FERMENTO”をその拠点にしている。

    「Antler Crafts」の拠点となっている鹿肉解体処理場“FERMENTO”

    「Antler Crafts」の拠点となっている鹿肉解体処理場“FERMENTO”

解体処理施設での丁寧な加工とプロの技

「銃での猟にこだわっているのは、罠と違って捕まえる個体の識別ができますし、必ず仕留められる条件が整ったときにだけ発砲することで、動物にケガを負わせて逃すことなく、ちゃんと一発で仕留められます。そして、人間側もとっても疲れるので猟法の中で一番動物とフェアかなって思っているんです」。この考え方も技も、食猟師としての経験が豊富な小野寺さんだからこそだ。

 また、小野寺さんは狩猟した鹿すべてを食肉として販売するわけではない。弾が身体のどこに命中したのか、食べておいしいと思える個体なのかなど肉質を凝視してレストランに卸せる抜群の質かどうかをしっかりと判断し、そのプロの目の基準をクリアしたもののみを商品にしている。

    夏に牡鹿半島で獲れた鹿肉。脂の乗りがいいのでローストしただけでかなりおいしい

    夏に牡鹿半島で獲れた鹿肉。脂の乗りがいいのでローストしただけでかなりおいしい

 彼が鹿肉を捌くときは、包丁や台もしっかりとアルカリ電解水やお湯で消毒しながら作業する。他の猟師がこの作業している現場を何回か見たことがあるが、比較すると明らかにひとつひとつが丁寧だ。皮と肉に分けながらカットしていく作業では、極力肉に傷をつけないよう細やかに、そしてスピーディーに作業する。

    消毒作用のある塩水。水道水や川の水などで下処理を済ませる人もいるが、ここではアルカリ電解水の使用を推奨している

    消毒作用のある塩水。水道水や川の水などで下処理を済ませる人もいるが、ここではアルカリ電解水の使用を推奨している

 そうして一通り加工された鹿肉はようやく製品へと形を変えていくのだが、ただパッケージングして終わりではない。その鹿を獲った日付、獲れた場所、鹿の性別、鹿の年齢をすべてメモに残して必ず味見まで行う。

「食べてくれる人や調理してくれる人が誰なのかを頭に浮かべ、その人の好きな肉質にするために水分量を調整したり、肉を休ませたり、できるだけクライアントの要望に応えられるようにしています」と小野寺さん。猟だけでもかなりの体力を消耗する中、ここまで手間暇をかけてクライアントに対して徹底した対応ができるのは、料理人との間にしっかりと信頼関係があるからだろう。

料理人から見た、小野寺さんの鹿肉の魅力

 小野寺さんが鹿肉を卸しているお店は数多いが、なかでも親交が深いシェフたちに小野寺さんが処理する鹿肉の魅力を聞いてみた。

    【ヒヒヒ】にて、伊藤シェフが調理した『鹿のロースト リゾット添え』。柔らかくジューシー

    【ヒヒヒ】にて、伊藤シェフが調理した『鹿のロースト リゾット添え』。柔らかくジューシー

【ヒヒヒ】伊藤シェフ

【ヒヒヒ】伊藤シェフ

小野寺さんの処理した鹿肉は、臭みがありません。どこで獲れたどんな鹿なのかを教えてくれたり、鹿肉に対する適切なアドバイスもくれるので、どんな料理をつくろうかイメージもわきやすいです。シンプルにローストするのが一番好きです。

    【メツゲライクスダ】と小野寺さんの鹿肉がコラボレーションした『牡鹿半島のシャルキュトリセット』5,870円。こちらはすでに売り切れているが今後も限定的に展開する予定

    【メツゲライクスダ】と小野寺さんの鹿肉がコラボレーションした『牡鹿半島のシャルキュトリセット』5,870円。こちらはすでに売り切れているが今後も限定的に展開する予定

【メツゲライクスダ】楠田シェフ

【メツゲライクスダ】楠田シェフ

小野寺さんは、その土地を知り、生態系を知り、動物側の想いにも耳を傾け、自然のことを熟知されています。良質な食材をただ生産者としてレストランに卸すだけでなく、その奥にある想いまでも一緒に届けてくれる唯一無二のハンターです

    2017年に石巻で開催された「Reborn-Art Festival」と【レフェルヴェソンス】がコラボした2日限りのレストランでの一コマ。この日のメイン料理には、小野寺さんの鹿肉が使われた

    2017年に石巻で開催された「Reborn-Art Festival」と【レフェルヴェソンス】がコラボした2日限りのレストランでの一コマ。この日のメイン料理には、小野寺さんの鹿肉が使われた

【 Villa AiDA】小林シェフ

【 Villa AiDA】小林シェフ

清泉寮での「いただきますプロジェクト」が小野寺さんと仲良くなったきっかけでした。石巻の「Reborn-Art Festival」では、鹿を提供する屋台の出店を手伝うこともありました。そんな中で、小野寺さんは仕事に厳しく、意志を持って行動する人間にはとても優しいということ。頼れる兄的存在です。

 このように、小野寺さんは多くのシェフから愛され食猟師という新しいカテゴリでさまざまな取り組みに挑戦している。自然とうまく付き合う術を知る味のある彼と一緒に森を歩けば、なにか自分にとって必要だった新しい答えが見つけられるような気がする。小野寺さんだからこそできる「最高のおもてなし」の精神と、命を無駄にしないという“食猟師”のポリシーが、多くの料理人が愛してやまない理由なのだろう。

 2019年の夏に開催される「Reborn-Art Festival2019」では、小野寺さんも何か面白いことを仕掛けるそう。名ハンターに会いに、鹿肉を食べに行ける貴重な機会になりそうだ。

「Reborn-Art Festival2019」

開催日:2019年8月3日(土)- 2019年9月29日(日)
※水曜休祭予定
(8月14日およびイベント開催日は除く。詳細は後日発表)
※網地島エリアは8月20日より開催

会場:牡鹿半島、網地島、石巻市街地、松島湾
(宮城県石巻市、塩竈市、東松島市、松島町、女川町)

この記事を作った人

撮影/沼田 孝彦・小山 ちひろ 取材・文/遠藤麻矢(ヒトサラ編集部) 

遠藤麻矢:宮城県仙台市出身。狩猟免許所持するジビエが好きなグルメ編集者。全国各地の生産者、料理人の想いを届けるべく、食にスポットをあてた取材を続けている。

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