アートとワインと美食と。感性を刺激されるイタリアン【ISSEI YUASA】東京・西麻布
東京・西麻布に上質を知る大人が集うイタリア料理店がオープンした。その名も【ISSEI YUASA】。絵画や器が飾られたギャラリーのような店内でいただくのは、伝統的なイタリアンを日本という風土を生かし進化させた料理の数々。ひっそりとした扉を開けた人だけが味わえるめくるめく世界へようこそ。
従来の枠を超えて、日本ならではの
本場を超えるイタリア料理をつくりたい
西麻布の裏路地に現れる白い建物。扉を開けると、迎えてくれるのは、ジャコメッティやレオナール・フジタの絵画。ピエール・ジャンヌレの椅子がさりげなく置かれたサロンスペースを通り抜け、奥のダイニング・カウンターへ足を運べば南イタリアの街並みを思わせるような、真っ白な壁と紺色の天井のコントラストに目をうばわれる。
ダイニングの舞台は白くて広い大理石のカウンター。異国の世界に迷いこんだような贅沢な席に座ることが許されるのは、一晩たったの6人のみ。
カウンター越しにはキビキビと働いているスタッフの様子が見て取れる。「ようこそ」と笑顔で迎えてくれた湯浅一生シェフは黒いタブリエ姿。カウンターに座る他のゲストとも自然と馴染み、洗練とリラックスがバランス良く混じり合う心地よさは、誰かの邸宅に招かれたような気分になる。
店内を飾る、現代の“違い棚”。さりげなく飾られているアートピースは博物館級のもの
シックなインテリアは“どこかのイタリアの小さな街”をイメージしたのだそうだ。天井の深い紺色の天井は、京都の「HOSOO」の西陣織を施したもの。
テーブルから目をあげて飛び込む漆喰の壁には、モダンな“違い棚”に、美しいフォルムの素焼きの器が。聞けば、なんと本物の「須恵器」だという。店内のそこかしこに、研ぎ澄まされた美意識を感じる。日本の歴史が育んできた本物のアートピースや意匠を感じられるのもこの店の魅力だろう。
シェフの湯浅一生さん
湯浅シェフはトスカーナやエミリア・ロマーニャで働いたのち、【SALONE 2007】を経て【ビオディナミコ】のシェフを務めた人物。当時、日本にいながらにして、イタリア以上にイタリアの風を感じるような郷土料理をどう表現するかということに心を砕いていた。
そうした日々のなかで、“日本でイタリア料理をつくる意味”について自分なりに考えるようになったという。現地そのもののリチェッタを再現するだけなら、誰でもできる。日本でやるからには、自分なりの視点でイタリアらしさを表現してみたい。さらには、日本でしか食べられない、現地を超えるおいしいイタリア料理をつくってみたい。
そんな思いを抱いていたときに縁があり、とんとん拍子に開業が決まった。
この日届いた食材。近江牛、広島の川俣シャモ、「ヨーロッパ野菜研究会」のアーティチョーク、豊洲から届く鮑や金目鯛など
開業までの6ヶ月間、まずは日本の食材を知ることから行動に出た。全国の志高い生産者を知る“食材ハンター”の力を借りながら、さまざまな生産者を訪ねて縁をつくっていった。
そこから開業までも止まってはいない。湯浅シェフがユニークなのは【湯浅一生研究所】というラボを4ヶ月限定で密かにオープンし、ゲストを巻き込みながらメニューをブラッシュアップしていったこと。
集めた食材を生かし、湯浅シェフ自身が楽しみながら、イタリアの郷土料理らしさを感じさせながらも、もっと自由に、もっとおいしくと時間をかけて研究した集大成が【ISSEI YUASA】の料理にはつまっているのだ。
魯山人の器に盛り付けられた『カチュッコ』
そんな研究の“成果”は店のスペシャリテ『カチュッコ』ひとつ取ってもよくわかる。『カチュッコ』とは、魚介をたっぷりトマトで煮込んだブイヤベースのような素朴なトスカーナの郷土料理なのだが、ここでは実にエレガントな味わいで登場する。
聞けば、具材の金目鯛は90度でシットリ蒸し上げ、はまぐりは65度で火を入れるなど、一つ一つの食材に合わせた温度で火を通す。さらにベースとなるスープは、あさりのだしに旨みのボタンエビと香りのジャコエビ2種をつかったエビのだし、魚の骨からとっただしにハマグリのだしを合わせ、本枯節を隠し味に加えている。その後は従来のカチュッコと同じ要領で仕上げていく。
目の前にサーブされた『カチュッコ』は、素朴な現地のものとはまったく違う味だった。魚介の力強さを感じながら、雑味をほとんど感じない。それは湯浅シェフの丁寧かつ独自につきつめた調理のなせる技だろう。ブルゴーニュの赤ワインと合わせたくなるような澄んだ旨みが印象的だ。魯山人の器で供されるのもまた、なんとも面白い。
ちなみにこちら、ワインの品揃えもすごい。豊富に揃うグランヴァンをゆっくり楽しむのもいいが、相談すれば料理にピタリと合うワインをグラスで出してくれる。ぜひ相談して合わせて楽しんで欲しい。
手打ちパスタを使った『羊のパスタ』。器は岩崎龍二氏のもの
一方、「コース一番のクライマックスはパスタです」と湯浅シェフが胸を張る2種類のパスタは、現地の風を感じる王道のもの。パスタはイタリアで修業したときにに感動した味をベースに考えていると湯浅シェフ。たとえばこの日はシンプルな『羊のパスタ』が登場した。
ロングパスタは栃木の「パワードエッグ力丸君」という濃厚な卵のみで手打ちしたもの。北海道の羊のスネ肉はソフリット、白ワインとともに煮込み、シチリアンルージュトマトを加えさらに煮込む。ペコリーノチーズを加えて、オレガノで香りをつけている。羊のやさしいミルキーな香りとパスタを咀嚼したときにふわりと感じる卵の風味がたまらない。噛んだ時のプチッとした歯応えも手打ちパスタならではの醍醐味だ。
『チョウザメのカルパッチョ』。カトラリーもオーダーした特注品
さらにコースの途中には、『チョウザメのカルパッチョ』など面白い食材も登場する。この料理は、広島に食材探しにいったときにチョウザメに出会ったことから生まれた。
「キャビアは食べたことあっても、チョウザメは食べたことある人なかなかいないんじゃないでしょうか。こうした食材としてあまり認知されていないものに出会うと、俄然料理したくなりますね」と笑う湯浅さん。
チョウザメは昆布で締めて5日寝かして、神の島レモンとシチリアのオリーブオイルでつくったレモンオイルをかけ、ポーランドのキャビアを乗せている。
イタリア料理という枠を飛び出して自由に羽ばたき、楽しみながら突きつめていく“湯浅ワールド”。日本でしか食べられない洗練のイタリア料理は、今後どんなふうに変化していくのだろうか。
【ISSEI YUASA】という洗練された世界にちりばめられた、日本のエッセンスに触れると、日本という国をますます知りたくなってくる。自分の感性を解き放ち、ぜひその世界を楽しんで欲しい。
撮影/佐藤顕子
取材・文/山路美佐
大学卒業後、丸の内の総合商社に入社するも食への探究心を抑えきれずイタリアに料理研修の旅へ。その後「家庭画報」ほかの雑誌で食・旅の編集を担当。ヒトサラ副編集長を経て、現在はフリーの食と旅の編集者に。美味探求の旅は30カ国以上にのぼる。
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