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更新日:2017.06.27グルメラボ

食事の好みにも人となりが現れる? 信長、秀吉、家康の好んだ食べ物

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といえば、いわずと知れた戦国武将の三英傑ですが、残されたエピソードを調べてみると、彼らの食事の好みにもその人柄が表れていることが分かります。それぞれ、どんな料理が好みだったのでしょうか。

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せっかちな織田信長は、食事も「湯漬け」で大急ぎ

 戦国武将といえば、真っ先に織田信長を思い浮かべる方も多いと思います。信長の料理の好みはかなり庶民的で、公家や貴族が食べるような上品な薄味の料理は好まず、出身地である尾張の郷土料理の「焼き味噌」をはじめとして、田舎風の濃い味付けの料理を好んだと言われています。また金平糖や干し柿などの、甘い食べ物も好物だったようです。
 
 非常に短気だったことでも有名な信長が、戦の前によく食したのが「湯漬け」でした。「湯漬け」とは、冷や飯にお湯をかけてサラサラと食べられるようにしたもので、せっかちで何事もさっさと済ませたい信長にとってはぴったりな食事だったようです。

贅沢の限りをつくした豊臣秀吉が好きだったのは、質素な「割粥(わりがゆ)」

 貧しい農民の子供から天下人にまで成り上がった豊臣秀吉は、貧しい身分の出身ということもあってか、割と質素な食事を好んだようです。
 
 関白となった晩年は贅沢に明け暮れたとも言われる秀吉ですが、全国各地の高級食材や珍味よりも、いつも腹を空かせていた時代に食べた麦飯が一番おいかったと部下に語っていたそうです。

 そんな秀吉が晩年になっても好んだとされるのが「割粥(わりがゆ)」です。「割粥」とは、石臼で米粒を細かく砕いてつくったお粥のことで、当時は長寿の効果もあるとされていました。贅沢な料理を味わい尽くした天下人の好物が、少ないお米で満腹感を得られるお粥だったとは、何だか少し微笑ましい気持ちになりますね。

健康と食事に気を使った徳川家康の晩年の贅沢は「天ぷら」

「織田がつき 羽柴がこねし天下餅 すわりしままに食うは徳川」とも言われた、戦国時代の最終的な覇者である徳川家康は、非常に健康に気を使っていたことでも有名です。

 家康の食事は質素で、健康に良いことを第一に考えられたものだったと言われています。特にご飯は麦飯をよく食べ、将軍になった後でさえ家臣が家康の食事に白米を出してきた時にはそれを食べず、健康に良いからと麦飯を持ってこさせたという逸話まで残っています。味付けとしては今の名古屋出身ということもあり八丁味噌を好んだそうです。

 但し晩年はつけあげ(今で言う「天ぷら」)にハマッて、食べすぎたことが原因で亡くなったとも言われています。いつも粗食だった為、胃袋が脂っこい食事を受け付けなかったのかもしれませんね。

この記事を作った人

取材・文/斎藤 健(フリーライター)

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