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更新日:2022.10.24食トレンド グルメラボ

飲食店経営者は価値を創造せよ! バルニバービ代表 佐藤裕久氏が語る、地方創生が生みだす未来

レストランやカフェ、スイーツショップなど、外食業を中心に全国96店舗(2022年8月末時点)を展開しているバルニバービ代表の佐藤裕久氏。同氏のブランディングは類に見ないもので、人の流れが悪い場所での事業展開をしています。開業を志している方であれば誰もが避けるであろうバッドロケーション(市場価値が低いエリア)を狙う理由とは? 現在、問題視されている食糧危機の解決策やこれからの外食業界が考えていくべきこと、同氏の取り組みについて、ヒトサラ編集長の小西克博がうかがいました。

バルニバービ,佐藤裕久

食べ物は人を元気にする、幸せにする

小西編集長

小西編集長

佐藤さんは学生時代にすでに起業し、活躍しておられましたね。

佐藤さん

佐藤さん

きっかけは学園祭のイベント協賛を企業に依頼しに行ったあたりからでしょうか。けっこううまくいきまして、卒業後はいったん就職をしたのですが、すぐに独立して自分でやることになりました。

でも27歳のとき、突然事業が行き詰まり、持っていたもの全部を失うことになってしまうんです。抱えた借金をなんとか完済できたのが1994年の秋、33歳になっていました。でも、これがあったお陰で僕は事業をするときには慎重にも慎重を期さねばならないと学びました。今回のコロナ騒動でもその教訓は活かせていると思っています。

苦しかったけど借金を返すと、なんか執行猶予がとけた感じで、勇気とやる気が出てきていたんですね。友人の縁もあってその年の12月17日、神戸の中華街に自分のプロデュースしたビルがオープンしまして、その一角に僕が尊敬する曾祖父の名前を冠した団子屋『重治朗本舗』を作ったんです。

小西編集長

小西編集長

大阪でブラッスリーを出されるのはその翌年でしたね。

佐藤さん

佐藤さん

はい、でもそれは阪神淡路大震災の年でもあるんですね。

借金を完済し、ようやく小さなお店も出せたと思ったちょうど1か月後にあの大震災です。幸い僕は無事でしたが、もちろん店は潰れ、愛する神戸の街はもうぐちゃぐちゃ。途方にくれました。でも立ち止まっているわけにもいかず、友だちと共同で、いろいろやれることを僕なりに考えました。

そしてやったことは炊き出しです。炊き出しといっても本当に簡素なもので、白粥に塩とゴマ油くらいのものを提供させてもらっただけなのですが、本当に皆さんに喜んでいただいて……。その時僕は人生で初めて、「泣いてないけど涙が止まらない」といった不思議な体験をしました。

「食べ物は人を元気にする、幸せにする」ということ。そして「元気になっていく人をみると自分も元気に、幸せになってくる」ということがわかった。人が喜んでおいしいおいしいと食べてくれている姿を見て、自分がそれを喜んでいるということを発見したんです。25~26歳の時、第一回起業がそこそこうまくいき、小銭持ち位になっていい気になっていた自分はいったいなんだったのかって改めて思ったりしました。

小西編集長

小西編集長

食が佐藤さんのコアコンテンツだというのがよくわかるエピソードです。

佐藤さん

佐藤さん

はい。そして南船場にブラッスリー【アマーク・ド・パラディ】を作るようになるのですが、これはバッド・ロケーションのヴァリューアップの好例です。もっとも僕たちには事業をやるにもお金がなかった。だから家賃の安いところを狙うしかなかったんです。

幸いこのエリアは静かで人通りがない、とはいえ地下鉄の乗降客が多い駅からは徒歩圏内でした。大阪の街は縦に御堂筋線が走っていて、梅田からなんばまで、各駅が1.5km間隔にあって、この南船場もいくつか候補になった徒歩圏の一つでした。ここに人を呼べるようなものが作れたらということで、はじめました。

手がけたことが“自分の作品”になる
……だからこそ価値を見出す思考と視点が必要

小西編集長

小西編集長

ニューヨークやロンドンの街は参考にされましたか。

佐藤さん

佐藤さん

業態の基本はアパレル時代に頻繁に行ったパリがベースになっています。出店エリア選定に関しては30歳くらいのときに初めていったニューヨークで、結構インプットは出来ました。イーストビレッジやソーホー、ブルックリン…楽しい思い出です。影響されました。家賃が安い、人通りが少ない、これは自由度が高いということでもあるんですよ。

それと僕は店をつくるとき、友人や地元の有力者をひいきするような手法は取らないんです。あした自分の国へ帰るような一人の旅行客がふらりと来ても楽しめるような店づくりこそが僕が大事にしていることなんです。JFDAのメンバーもここは共通しているんじゃないかな。

そんな思いをこの店に込め、ただし、ゼロからのチャレンジャーとしてゲリラ戦略で、道路まで椅子を出して席をつくり、そこだけで家賃分を稼げるようなこともやっていました。2つ目の店からはもちろんそんな荒手は使いませんでしたが、このときだけはリスクをかえりみず、まあいちかばちかのやり方でした。通報されたりもしましたが(笑)

小西編集長

小西編集長

東京に進出されてからも、同じような手法をとられていますか。

佐藤さん

佐藤さん

そうですね。東京の最初はフラッグシップだからとまた調子に乗って白金や青山で失敗をしたのち改めて2回目のチャレンジとして、当時今ほどには人気のなかった東京タワーの真ん前で出店しました。2005年でしたか、当時は「東京タワーは観光客やお上りさんの行くとこだよ」とか言われ、僕は田舎者扱いされたりしていましたけど、こういうのって価値観の違いだけなんですよね。視点の違いというか。

そこに新しい価値を見出せるか、価値づけをできるか、そこが見えていれば世間の見方とは違う何ものかを生み出すことができ、すごい価値のあるところだということになる。

地方はコンテンツの宝庫

小西編集長

小西編集長

新しい価値を見出すということで、地方創生に力を入れておられます。

佐藤さん

佐藤さん

今のウクライナ問題、為替問題、天候異変・異常気象問題を見るにつけ、食糧危機が気になるんです。僕が地方創生をやらねばと思ったきっかけが、2011年の東日本大震災ですし、2013年の東京オリンピック2020の決定でますます東京にあらゆる事物が集中して過密するだろうという予想をしていました。

ちょっと前にタワーマンションが浸水してエレベーターが機能しなくなった出来事がありましたが、たとえばスーパーからある日突然食べ物が消えたら皆さんどうしますか? マンションの家庭菜園で野菜を育てても、そんなのはあっという間になくなります。ソーラー発電にしても同じですよね。

一方、うちのスタッフが淡路島に一軒家を1500万で買ったのですが、庭が20坪ある。そのくらいあれば野菜もつくれるし、ソーラー発電も可能です。同様にわれわれの会社では具体的に地方に土地を買い、作物を育てています。それは自家製農園サラダとして提供するということではなく、いざとなったらスタッフの食料になるという気持ちからなんです。もちろんそんなこと杞憂であってほしいですよ。

小西編集長

小西編集長

食糧危機のリスクを考えた上での経営戦略のひとつでもあると。

佐藤さん

佐藤さん

はい、今回のコロナだって誰も考えてもいなかったわけですが、例えば1995年、阪神淡路大震災から始まって、そこから2020年のパンデミックまでの25年間で何が起こったと思います? 2001年のニューヨーク同時多発テロ、ITバブルの崩壊、2007年のサブプライム住宅ローン危機、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災、2020年のコロナ、この25年で4、5回僕らの事業を揺るがすようなことは起きています。狂牛病、口蹄疫、鳥インフルなど大小合わせるとほぼ毎年何か起こっているんですね。飲食業のPLは皆さんご存知かと思うんですけど、1割の利益を出せたらせいぜいじゃないですか。1割って台風が来て3日店舗の営業ができないだけで飛んでしまう数字です。そのくらい脆弱な収益構造の事業をやっているということなんです。

なので、僕たちは北海道、島根、淡路島に4か所、事業その他全国に交渉中の物件も含め日本全国に土地を買い事業計画を進めているんですね。スタッフはそこに住み、作物を育て、その土地の方々と交流しながら、いざというときの未来をともにつくっていくことをしている。

僕のこういう考え方の根本には、僕がもともとはぐれものだというところから来ているのだと思っています。僕は主流じゃないです。いまある価値についていけない落ちこぼれだから、その価値を転換し新しい価値にしてしまわないと自分が生き残れないから、といった感じでしょうか。

小西編集長

小西編集長

この前、淡路島の「カモメスローホテル」にいきました。久しぶりに淡路島に行ったのですが、すごくおしゃれなエリアができています。

佐藤さん

佐藤さん

この前、この近くの廃校を購入して、そこで祭りをやったんです。子どもたちもいっぱい集まってきてくれて、土地の皆さんが音頭を踊ったり、みんなの笑顔がとても素敵だった。日本の地方にはそれぞれの土地で文化があり、独自の風習や料理やらがあります。僕は地方が失ったものを食で取り戻したいと思っているんです。地方には退屈、卑屈、窮屈が存在すると言われるんですが、この3つの「くつ」を僕はくつがえしたい。それが僕の思いです。

退屈については、かっこよくておいしいお店があったら退屈しないと思います。窮屈、これも田舎の特徴でして、噂によるモラハラみたいなことがよく起きている。でも僕らはいい意味でよそ者だから窮屈なコミュニティに入っていって調整役ができる。実際に小学校を借りてグランドゴルフ大会とか主催して、昔のしがらみにとらわれないで交流できる場を提供しています。卑屈については、都会と比べて何もないといったところから出てくるんでしょうが、別に有名なお店がなくても綺麗な夕陽があるじゃないですか。都会にない素敵なもの、これを活かすことで覆ります。僕たちのホテルがそのきっかけとなってくれれば嬉しいです。

長年、食材仕入れを通じて信頼関係はできています。人が集まればその土地の人にとっても楽しいことが生まれるし、産業も生まれてきます。その土地が潤うわけです。淡路島で僕たちが手がけてきたこのプロジェクトで、いま我々のエリアに年間30万人が訪れるようになりました。野原と人の住まない家が目立っていたところにこれだけの人が来てくれるようになったことをどう思いますか。これを僕は皆さんに問いかけたい。

ここにあったのは魂が引きずられるくらいに真っ赤な夕陽と、カエルがゲコゲコ鳴いている用水路、降り注ぐ星空です。ある意味では何もないです(笑)。でも視点を変えれば素晴らしいものが溢れている。日本はまだまだ面白くなると思いませんか。

観光では地方創再生はできないと思っています。人がその街に住みたくなって初めて地方は蘇るのです。ほとんどの観光スポットは日の入りとともに静かになりますし、旅館やホテルはその施設の中で完結してしまいます。悪いことばかりではないと思いますが、ショッピングセンターの地方進出がもたらした影響などからも、我々は学ばねばなりません。僕のそんな創再生案に共鳴する人は一緒にやりませんか。

小西編集長

小西編集長

私も地方を長らく取材していて、そこがいかに豊かであるかということは実感しています。やはりその土地の人と共生していくサステナブルなスタンスが大切だと考えますが、JFDAでもそういったメッセージは出していきますか。

佐藤さん

佐藤さん

セミナーを通じてやっていくつもりです。ちゃんと儲けることも考えねばなりません。今回はJFDAの活動が食団連設立の動きも大きく貢献しました。いいタイミングでした。

食の業界は個性的で、他の業界と違ってひとつのヒエラルキーで統一できないということがあると思います。でも今回はみんな本当に困ったわけで、事業規模に関係なく皆で集結して事に当たっていこうと、未来型の提案をしていこうという切実な思いが共有できた。

我々のスタッフがその土地に暮らし、作物を育てたり、イベントをしたりしながら昔から暮らす人たちと共存していくこと。それは僕の考える地方創再生です。

飲食には大きな可能性がある

小西編集長

小西編集長

これから飲食業界を目指すひとへのメッセージをお願いします。

佐藤さん

佐藤さん

2つのタイプのアプローチがあるでしょう。

ひとつはオーナーシェフを目指す人。人の2倍働きましょう。2つの店で働く覚悟で、1つの店では給料分を働き、もう1つの店では自分の腕を磨く修行として無給で働くくらいの気持ちでやってください。もちろんオーナーにならずに会社員として働く分にはちゃんと法律で守られなければなりませんが、そのくらいの気持ちでやらないと厳しいと思います。そしてもちろん才能が必要です。それは自分で見定めてください。

もうひとつはオペレーション・MD・ファイナンスを学んで、シェフと組むパターン。これもしっかり知識を身につけることが大事です。そして自分が惚れ込める場所を見つけるということ。

これからの飲食事業は厳しいと言われますが、僕は大きな可能性を見ています。食材は高騰を続けるでしょうし、レアなものは入ってこないかもしれない。

でもね、日本には昔から受け継がれてきた知恵があるじゃないですか。種取りから行う農作物、発酵、醸造、そんな知恵が地方にはいっぱい眠っているんですよ。それを掘り起こすだけでも、あらゆる可能性があると思いますよ。

プロフィール

  • 佐藤裕久

  • 佐藤 裕久
    SATO HIROHISA

    京都市上京区生まれ。神戸市外国語大学英米語学科中退、1991年 バルニバービ設立、代表取締役に就任。現在、東京・大阪をはじめ全国96店舗(2022年8月末時点)のレストラン・カフェ・ホテルを展開。近年は淡路島をはじめ、食と宿を切り口に地方創再生に取り組んでいる。著書に『一杯のカフェの力を信じますか?』(河出書房新社)『日本一カフェで街を変える男』(グラフ社)がある。2022年2月には環境省エコファースト企業に認定され飲食業界の環境保全先進企業として牽引を始める。

インタビューで登場した施設・店舗

HAMAC DE PARADIS(アマーク・ド・パラディ)

  • アマークドパラディ

  • 南船場の中でも老舗の存在感と落ち着きのある人気のお店。LIVE感を楽しむカウンター席・吹き抜け空間。ゲートをくぐると目に飛び込む、Dear Ingoのダイナミックかつユニークなライト。モノクロを基調に、アクセントとなるモダンアートやモザイクタイル。シンプルに美味しい料理と会話の弾むあたたかな空間へ。どこか懐かしくホッとする空間で気軽に欧風料理を楽しめるバルニバービの第1号店。

KAMOME SLOW HOTEL(カモメスローホテル)

  • カモメスローホテル

  • 淡路島FrogsFARM内に佇む全室オーシャンフロントのリゾートブティックホテル。
    “何もしないことを楽しむ旅”「KAMOME SLOW HOTEL」が提案するのは、人生の休息を楽しむ新しい旅の形。ただのんびりと景色や自然の音を感じながら、自分を見つめ直す優しい時間を。広い海と空を伸びやかに飛翔するカモメのように自由にSLOWに過ごす時間を。

淡路島 旧尾崎小学校跡地SAKIA サキア祭

  • サキア祭

  • 夕日が美しい淡路島西海岸の「食」をベースとした地方創再生プロジェクト。2022年3月21日に、淡路島の廃校で開催されました。野菜のマルシェや、淡路牛のすきやき丼など、淡路の食材を使った屋台があったり、ビンゴ大会やライブイベントがあったりと、大変盛り上がりをみせるイベントとなりました。感染対策をしっかり行い、900人を超えるお客様にお越しいただきました。

JFDA × canaeru

日本の食文化の魅力を発信するために設立されたJFDA(日本ファインダイニング協会)と、店舗開業、経営に関する知識を発信しているcanaeru(カナエル)がタッグを組んで、経営者の声をインタビューでお届けするスペシャルサイト【外食業界の未来を創る経営者たち】を開設しています。
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この記事を作った人

小西克博(ヒトサラ編集長)

グルメメディア「ヒトサラ」編集長。大学卒業後に渡欧し、パリとロンドンで編集と広告を学ぶ。帰国後、共同通信社を経て、中央公論社で「GQ」の日本版創刊に参画。2誌の創刊編集長。著書に北極から南極まで世界100カ国を旅した紀行作家として「遊覧の極致」等。

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