更新日:2017.05.27食トレンド 旅グルメ 連載
アジア・フーディーズ紀行 vol.6:シンガポール【Burnt Ends】
上海、バンコク、ソウル、台北、香港……アジアの混沌は、ガストロノミーにおいてもモダンを超越するのか? その直感を確かめるべく、現地の美食を巡る第6回。今回は、シンガポールで、BBQの新境地を追求する【バーント・エンズ】です。
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世界中で再評価の機運が高まる熾き火焼き
巧みな火入れ技術を生かした前菜系の料理
ただ直感的に美味しいと思える味を極めるシェフ、デビッド・ピント氏
8月中旬の土曜、不案内なシンガポールの夜を彷徨。シンガポール編の初回に書いたように、あまりに選択肢が多くて、結局ディナーを食べる店を当日まで決められずにいました。
いや、あてはあったんです。あったがために、決められなかったんです。
世界中で再評価の機運が高まる熾き火焼き。そのシンガポールの旗手
お目当ての店は、【バーント・エンズ】。「焦げた端っこ」という名前のこの店の何がそんなに気になったかというと、そう、熾き火(おきび)焼きの店なのです。
フィレンツェのステーキハウスで、その本能に訴えるかのような原始的な美味しさを味わって以降、薪と肉という言葉の重なりを見つけると、居ても立っても居られなくなるのです。
実際、アメリカや日本のファイン・ダイニング界でも薪火焼きの素晴らしさを見直す動きが活発で、そのシンガポールの旗手とも言えるのが、この【バーント・エンズ】のようなのです。
2013年にオープンし、アジア50ベスト・レストランでは2015年にNo.30で初ノミネート。'16年はNo.14とメキメキと評価を上げている注目のレストランともあれば、行かないわけにはいきません。
とはいえ、かなりの人気らしく、旅を決めた一か月前に既に満席…。
望みがないわけではありません。
この【バーント・エンズ】のディナーで予約を取れるのは、18:00~18:30にスタートする1回転目のみ。2回転目は、当日しか受け付けないというシステムなので、数時間、店の近くで待てば、入れる可能性がある…となれば、とりあえず行くしかありません。
オシャレな飲食店が連なるテック・リン・ロードにある【バーント・エンズ】。この写真を撮ったときは、まさかここに写っている"テラス席"に座ることになるとはつゆも思わず…
地下鉄「チャイナタウン」駅から歩いて店に着いたのは20:00ごろ。中途半端な時間に来てしまったものです。
いったい何時に食事にありつけるのだろうかと、恐る恐る店のドアを開けます。受付も担当しているスタッフに「ディナーをしたいのですが」と声をかけると、「歩道の席なら、今すぐ大丈夫よ」と返ってきました。
一瞬、意味がわかりませんでした。歩道? 落ち着いて、店の外を見ると、数十分程度お酒を飲みながら席が空くのを待つためのものでしょうか、バーテーブルがあります。
「カウンター席を待つと?」と聞き返すと、「そうね、早くて2時間くらいかしら」とのこと。
旅の思い出には、歩道の席も悪くないかと、そちらを選ぶことにしました。
多くアジアの旅をしていますので、道端に置かれたテーブルなどで食事をとったことも数知れませんが、きちんとしたレストランでこんな経験は初めてです。
とりあえず、よく冷えた白ワインで乾杯。目の前に、賑やかなストリートが広がります
卓越した火入れ技術を生かした前菜系の料理
メニューには、コースもありますが、6~7皿とちょっと多すぎたので、アラカルトで選ぶことにします。
けれども、あまりに魅力的なメニューが並びすぎていて、どれを頼めばいいのかわからなくなって、「4皿くらいで、お任せでお願い」と考えるのを放棄。ただ、メインには気になった「鹿のモモ肉だけは入れてね」と。
それを聞いて、スタッフもニコッと笑ったので、これは大丈夫そうだと確信が持てます。
アミューズの『半熟ウズラ卵』。卓越した火入れの技がうかがえます
まずは、「うちのシグネチャーですね」と出されたアミューズ。
半熟のウズラ卵にキャビアを載せたものですが、これも窯で焼いているとか。確かに、スモークの香りをしっかりまとっています。それでいて、卵は半熟がキープされています。
こんな火入れを窯で行ってしまう卓越した技術に、のっけから驚きを隠せません。
『ビーフ・トースト』は濃厚かつ豪快!
続いては、『ビーフ・トースト』。トーストのレパートリーは多いようですが、メインに鹿肉を頼んだので、ビーフにしてくれたようです。ダイナミックでカジュアルなバーベキュー店に見えながら、細かな気遣いを結構してくれます。
濃厚なバーベキューソースをまとったビーフにピクルスと豪快な旨さを醸しますが、何より美味しいのが「焦げた端っこ」。
白米でもお焦げ好きは多いものですが、バーベキューでは、やはりこれですね。ガスで焼いたものなどとは違い、窯で焼いたものはお焦げでも香りをまとって旨みがあります。
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『マッシュルームのグリル』。このソースにバゲットを付けて食べるだけで、超美味の絶品になります
続く、『マッシュルームのグリル』もオリーブオイルとイタリアンパセリの香りが利いたシンプルな美味しさ。素材の旨みが活きています。
ただ直感的に美味しいと思える味を極めるシェフ、デビッド・ピント氏
『タラバガニのグリル』。焼いたとは思えないくらいの身のしっとり具合
コースでいえば、まずメインの魚介。なんと「タラバガニ」。しかも、北海道産。
あれ、ありがたいのか? 海外旅行で現地の特産品だと思って買ったら、日本製だった時のようながっかり感を抱いてもいいのかもしれませんが、ここはシンガポール。食材でいえば、日本産がもっとも高級である土地なんです。
そのあたりもシンガポール編の初回に書いた通りですが、シンガポールにいるとファインダイニングでも、「北海道の牡蠣」とか「熊本の赤牛」などという日本産の食材が、メニュー名にも当たり前のように使われています。
『鹿モモ肉のグリル』。鹿肉と熾き火の香りが混じり合ったまさに絶品
そして、お待ちかねのメインの肉。鹿肉とはいえ臭みがないのは素材の良さでしょうが、何なんでしょう、このしっとり感は!
中まできちんと火が入っているものの、ギリギリのレア感。肉汁をしっかりと含んだきめ細かな鹿肉は、滅多にお目にかかれるものではありません。
そして、香り。炭ではなく薪を使って焼いた肉特有の香りが絶妙。まさに絶品でした。
後で訊くと、香りにこだわり、林檎とアーモンドの薪をマレーシアやタイから輸入しているそうです。
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ステーキナイフも質実剛健
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肉に合うワインは、オーストラリア産を中心に
【バーント・エンズ】の料理に実感したのは、世界でも薪火焼きとしてトップクラスのクオリティを誇ること。それにしてもシェフのデビッド・ピント氏とは何者なんでしょうか!
調べてみると、オーストラリアのパース出身の弱冠32歳。シドニーの【テツヤズ(Tetsuya's)】でキャリアをスタートした後、スペインの【エチェバリ】で研鑽を積んでいました。
そう、【エチェバリ】と言えば、「炎の魔術師」とまで呼ばれるヴィクトル・アルギンソニス・シェフが率いる熾き火(おきび)焼きの名店中の名店です。
おまけで出してくれた『焼きマシュマロ』
「【エチェバリ】では、熾き火焼きの技術をとことん学んだよ」と語るピント氏も、その視線の先は、また違った未来を見ているようです。【エチェバリ】流の伝統的な料理ではなく、どんどん変化して行くものを志向していることをことあるごとに強調しています。
そこはやはり30代前半の未来ある青年のなせる業でしょう。
とはいえ、その根底に流れるのは、本能的な美味しさへの欲求です。だからこそ、このスタイルを選んだのでしょう。
彼はそれを「Easy」という言葉で表現します。「簡単にやる」というニュアンスではなく、「難しく考えずに、ただ直感的に美味しいと思えること」だと説明します。
私自身はどちらも好きなのですが、じっと眺めて、これは何なんだろう?と考えなくてはならない料理が世界のファインダイニングの主流になっているなかで、美味しいかどうかだけにこだわる、この【バーント・エンズ】のような店が存在感を示していることも嬉しくなります。
こういう店が、日本にもっと増えないかな。
Burnt Ends
営業時間:ランチ(水~土)11:45~14:00 ディナー(火~土)18:00~late
休日:日・月
電話番号:+65 6224 3933
email:
予約の仕方
電話のほか、即時予約サービスを利用するのが便利。3か月前から予約受付を開始します。
ただ、予約可能な時間は、ランチは12:00~12:30のスタート、ディナーは18:00~18:30のスタートの回のみなので注意が必要。
それ以外は、来店しウェイティングリストに記名して、席が空くのを待ちます(平均的に、2~3時間待ち)。多くの客は、ほかの店で軽く飲んだりしているよう。席が空いたときに店の前にいないと権利がなくなるような日本のシステムとは違い、多少順番が入れ違っても融通を利かせてくれます。
席種は、基本的に下記の3タイプ。
1)「シェフズテーブル(Chef table)」6~8名でセットメニューのみ
2)「カウンター(Counter seats)」
3)「バー(Bar seats)」スタンディング席です
*「基本的に」と書いたのは、本文の通り、テラス席(?)もあったので。
ドレスコードや店の雰囲気
お店の佇まいから、最低限の清潔感だけ気を付ければ、それほど神経質になる必要はないでしょう。
デートならおしゃれをしていくとか、会食なら比較的フォーマルにとか、その食事のTPOに合わせればいいと思います。
店員などとのやり取りは、基本は英語。メニューも含めて日本語対応はないようです。
撮影・取材・文/杉浦 裕
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