ヒトサラマガジンとは RSS

更新日:2026.09.04旅グルメ 連載

京都【ジャン=ジョルジュ アット ザ シンモンゼン(Jean-Georges at The Shinmonzen)】連載第86回

祇園の北、新門前通一帯は、古美術店が立ち並ぶ観光地として有名ですが、その一角に安藤忠雄建築のホテルがあります。町家風の佇まいの全9室というこじんまりしたホテルですが、メインダイニングは、かのジャン=ジョルジュが手掛けています。シェフが新しくなったということで訪れてみました。

ジャン=ジョルジュアットザシンモンゼン(Jean-GeorgesatTheShinmonzen)のレストラン

夏の日差しが陰り始めたころ、京都は祇園の北、新門前通を歩きました。古い浮世絵、着物や帯、陶磁器などが並ぶ店先を外国人観光客が面白そうに覗き込んでいます。新門前通はいかめしい古美術街というより、雑多で、キッチュで、歩いていて楽しいところです。

ここは江戸初期、知恩院の門前町として開かれた通りですが、のちに古美術商が集まり、明治以降は外国人が訪れるようになったといわれています。いまの光景もそんな歴史の続きにあるようです。

    ジャン=ジョルジュアットザ シンモンゼン(Jean-GeorgesatTheShinmonzen)の入り口

  • ジャン=ジョルジュアットザ シンモンゼン(Jean-GeorgesatTheShinmonzen)の入り口

  • ジャン=ジョルジュアットザ シンモンゼン(Jean-GeorgesatTheShinmonzen)

その一角にあるのが、客室わずか9室のホテル「THE SHINMONZEN」。ここを仕掛けたのは、アイルランド人実業家で現代美術コレクターでもあるパディ・マッキレン氏。南仏にある「Château La Coste」で、ワイン、建築、現代美術、食をひとつの体験にした人物です。

「THE SHINMONZEN」の建築には彼の長年の盟友・安藤忠雄氏が関わっています。格子を配した外観は古い街並みに静かに溶け込んでいて、中へ入ると、そこはさながら美術館の趣です。ゲルハルト・リヒター、ルイーズ・ブルジョワ、ダミアン・ハースト、杉本博司、名和晃平といった作家の作品がいたるところに配されています。しかし、このホテルの面白さは有名作家を揃えていることではありません。こういったアートと暮らすという体験をさせてくれる場所なのです。

レセプションでスタッフが毎日使っている大きな木のデスクは、なんとシャルロット・ペリアンの作品。聞けばフェラーリ1台に相当する値段だとか。それでもスタッフは普通にパソコンを置き、仕事をしています。汚れるし傷もつくかもしれない。けれどそれは了解済ということなのでしょう。

これは高級料理店が貴重な器に料理を盛るのと似ていますね。割れたら困る、でも割れるのを恐れて蔵にしまってしまえば、器は器として生きられない。

1940年に日本を訪れ、木や竹、畳、民具から多くを学んだペリアン。その家具が80年以上を経た京都で、「見るもの」ではなくちゃんと「使うもの」になっていることに驚きました。

  • ジャン=ジョルジュアットザ シンモンゼン(Jean-GeorgesatTheShinmonzen)のアート

  • ジャン=ジョルジュアットザ シンモンゼン(Jean-GeorgesatTheShinmonzen)のアート

そして、このホテルのアートと食の関係を象徴しているように感じた場所が、メインダイニング【ジャン=ジョルジュ アット ザ シンモンゼン(Jean-Georges at The Shinmonzen)】です。

    ジャン=ジョルジュアットザ シンモンゼン(Jean-GeorgesatTheShinmonzen)のメインダイニング

壁いっぱいに広がる、ベトナム人アーティスト、ティア=トゥイ・グエンの赤い大作は赤、朱、オレンジ、ピンクが幾層にも重なり、光を受けて表情を変えます。静かな木の空間と白いテーブルクロスの中で、そこだけが強烈な熱を放っているようです。

そしてその隣には、ポール・マッカートニーの娘で写真家のメアリー・マッカートニーによるモノクロームの作品。京都の芸妓を、華やかな表舞台ではなく、化粧や支度といった普段は見えない時間から捉えている作品。

色彩が爆発するベトナムの現代美術と、京都の密やかな時間を写したモノクロ写真。その間でいただくディナーがニューヨークのジャン=ジョルジュの料理というわけです。こういった組み合わせが、いかにもTHE SHINMONZENらしい。

  • ジャン=ジョルジュアットザ シンモンゼン(Jean-GeorgesatTheShinmonzen)のホテルルーム

  • ジャン=ジョルジュアットザ シンモンゼン(Jean-GeorgesatTheShinmonzen)のホテルルーム

ホテル内のアート作品も入れ替わり、シェフも新しくなったということなので、今回は宿泊して食事を楽しむことにしました。白川を眼下に眺めることのできる広い部屋には檜風呂もついていて、まさに旅館とホテルのいいとこどり。

    ジャン=ジョルジュアットザ シンモンゼン(Jean-GeorgesatTheShinmonzen)のルーム

ジャン=ジョルジュ氏とパディ・マッキレン氏は長年の友人であり、仕事仲間でもあります。そして今回、厨房を率いていたのは新しくシェフ・ド・キュイジーヌ(料理長)となった原田梨世奈シェフ。

ジャン=ジョルジュ氏のフランス料理を基礎にしながら、ニューヨークで成功し、アメリカやアジアの食文化、スパイス、ハーブ、酸味を自在に取り込む自由さに魅力を感じ、「この人の料理をやりたい」と思ってここに参加したのだとか。

【ジャン=ジョルジュ アット ザ シンモンゼン(Jean-Georges at The Shinmonzen)】では基本となるレシピはジャン=ジョルジュ氏がつくり、それを原田シェフが京都の野菜や日本の肉・魚など季節の食材を使って表現していく形をとっています。

    原田梨世奈シェフ・ド・キュイジーヌと有正岳生チーフソムリエ

ディナーはジャン=ジョルジュの名を冠したシャンパーニュから始まりました。まずは雲丹、柚子、チリ。マグロには生姜とアボカド。信州サーモンはクリスピー寿司に。

そして有名なキャビアのエッグトースト。卵のコク、香ばしいトースト、たっぷりのオリジナルキャビアの塩味にディルの香りが重なります。チーフソムリエの有正岳生さんが合わせてくれたのが京都の酒蔵「日日」。日本酒の米の旨みが合わさることで、これも一皿めからの鮨っぽい流れが気持ちいい。

  • ディナーはジャン=ジョルジュのシャンパーニュ

  • キャビアのエッグトースト

    ジャン=ジョルジュアットザ シンモンゼン(Jean-GeorgesatTheShinmonzen)の料理

料理はそこから次第に日本の夏へ入っていきます。カンパチと胡瓜にはタイバジルをあわせたあっさりした一皿。

  • ジャン=ジョルジュアットザ シンモンゼン(Jean-GeorgesatTheShinmonzen)の料理

  • ジャン=ジョルジュアットザ シンモンゼン(Jean-GeorgesatTheShinmonzen)の料理

車海老のグリルには万願寺とうがらし、醤油バター、シードヨーグルト。車海老の甘さと香ばしさに京の夏野菜である万願寺、そして醤油バターのコクと旨み、ヨーグルトで酸味と甘さが加わる一皿。酸、ミネラルがしっかりしたシャブリとあわせていただきます。

甘鯛もよく食べられている食材です。鱗を立たせてパリパリにする松笠焼きは日本料理の技法のひとつですが、焼き茄子、神楽南蛮とともに紫芋のピューレで食べるという多層的な構成になっています。あわせたのはマルサネの赤。

  • ジャン=ジョルジュアットザ シンモンゼン(Jean-GeorgesatTheShinmonzen)の料理

  • ジャン=ジョルジュアットザ シンモンゼン(Jean-GeorgesatTheShinmonzen)の料理

そして柔らかい京都丹波和牛には夏のズッキーニ、パルメザン、スパイシーなエマルジョンとバジルオイルで軽やかに。これにはシャトー・メルシャンの椀子ヴィンヤード。フランスと日本のワインが交互に提供されます。

チーズを少しいただいてからデザートです。コンコードグレープとピスタチオ、クリスピーメレンゲ、巨峰のアイス。葡萄の爽やかな食感を楽しめる一皿でした。

かき氷器が見えたのでつくってほしいとお願いすると、シェフがその場で桃のかき氷を用意してくれました。こんなちょっとしたサービスもうれしい。

外国人客のみならず一般的にかき氷は人気なので、チーズのワゴンサービスのように、テーブル脇でつくって、同時に抹茶もたてて出すようなサービスがあっても喜ばれそうな気がしました。

    ジャン=ジョルジュアットザ シンモンゼン(Jean-GeorgesatTheShinmonzen)

今回のディナーは、いわゆる京風フレンチというより、ジャン=ジョルジュという料理の言語を、京都の食材を使って原田シェフがこの場所ならではのかたちに翻訳しているようにも感じました。

この感覚はホテル全体にも通じているように思います。

安藤忠雄氏は京都の町家のコピーはしない。隣接するお店【OGATA at The Shinmonzen】も、茶や菓子といった日本文化を昔の形のまま保存するのではなく、現代の暮らしへと読み替える。そしてあのペリアンの家具も、美術品としてしまい込まず実際に使ってみる。古いものも、外から来たものも、そのまま保存するのではなく、この場所で生きる形に変えていく。そんな精神をここでは感じることができるのです。

    ジャン=ジョルジュアットザ シンモンゼン(Jean-GeorgesatTheShinmonzen)

広いベッドで川のせせらぎを枕にぐっすり眠った翌朝は、暑かったので朝食をテラスではなく部屋に運んでもらいました。アラカルトでもとれますが、和朝食を選んでみました。シンプルに焼魚、ご飯と味噌汁、だし巻き、小鉢、果物。障子から柔らかな朝の光が入り、昨夜とは一転して静かな日本の朝になります。

わずか9室だから、人の気配も気になりません。ホテルに泊まるというより、京都に小さな自分の住まいを持ち、アートや家具と一緒に暮らしているような感覚なのです。

もっとも、THE SHINMONZENを楽しむために必ずしも泊まる必要はないかもしれません。宿泊客はほとんどが海外からということですが、朝食もアフタヌーンティーもディナーも、実は外部の客に開かれているからです。実際、古美術を見た後でアフタヌーンティーやディナーを楽しむ日本人客も多いのだとか。

外から来たものも古いものも自分たちの新しい感覚で受け入れ、使い続けながらそれらを更新してきた古都・京都。THE SHINMONZENは、その京都らしい方法を、現代のホテルとして形にした場所と見ることもできそうです。

この記事を作った人

小西克博/ヒトサラ編集顧問

北極から南極まで世界100カ国を旅してきた編集者、紀行作家。

大学卒業後に渡欧、北極から南極まで約100ヶ国を食べ歩く。共同通信社を経て、中央公論社で「GQ」創刊に参画。2誌の創刊編集長、IT企業顧問などを経て、現職。

この記事に関連するエリア・タグ

編集部ピックアップ

週間ランキング(8/28~9/3)

エリアから探す