共感する生産者の食材を使い「適切な量と価格」で新たな価値を生み出す|馬喰町【nôl(ノル)】
高級食材を追求するよりも、環境、人を思う食材を選び、昔ながらの知恵も生かして心身に負担のない料理を心掛ける野田達也シェフ。伝統をつなぎながら新たな地平を見せてくれる清々しい空間・料理・サービスを紹介します。
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シンプル、一体感のあるダイニング&キッチン
環境、人に寄り添う誠実な思いを体現
シェフの幼少期の豊かな食体験を映す皿の数々
人と環境に寄り添う食のあり方を追求するシェフの誠実さ、丁寧な仕事が心に響く
頻繁に畑に足を運び、今の畑を実感。畑で摘んだフレッシュハーブほか、乾燥させた野菜などがキッチンの棚に美しく並ぶ
時代を捉えた話題の店が増えつつある東京イーストエリア。2019年秋、日本橋馬喰町に37年続くビジネスホテルをフルリノベーションして生まれ変わったデザインホテル【DDD HOTEL】の1階に、今年の4月に新たしオープンしたのがここ【nôl】です。
ホテルの1階ながら入口は意外に分かりづらく秘密めいた雰囲気。壁の店名が目印
店内に足を踏み入れると、極めてシンプルな空間に少し驚かされます。見事にクリーンに整えられたキッチンでは濃紺のコックコートを纏った野田シェフはじめ、スタッフが真摯に料理に勤しみ、ダイニングからの眺めは、さながら小劇場。料理が完成すると、シェフやキッチンスタッフがゲストの元へ運び、食材の生産者や料理のストーリーを丁寧に説明してくれるのです。
ブルーグレー、ダークグレーのグラデーションのシンプルなダイニングからシームレスにつながるクリーンなキッチン
野田達也シェフは、パリで日本人初のミシュラン2つ星を獲得した佐藤伸一氏に指示し、旧【Passage53】(現在新店準備中)で経験を積んでいました。また『RED U35』で準グランプリも受賞。ケータリングに特化した技術も学び、イベントのオーガナイズをするなどしてきたマルチな才能を持つ実力派です。
グレーを基調としたインテリアに調和する濃紺のコックコートにもモダンなセンスを感じる
シェフの幼少期の豊かな食体験を皿に映し、思いや文化をつなぐ料理
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約12品ながら食後感の軽いコース 13,200円(税込)
多彩でフレキシブルなペアリング
食事のフィナーレを飾るのは『ゴミのスープ』?
シグニチャーメニュー『畑を食べる』
イチジクの葉で包みローストしたナスを、ぬか漬けにした野菜のサルサや畑で摘んだハーブの芽などと一緒にいただく。ナスの皮の細かい細工にも驚かされる
冷前菜のひとつ、『畑を食べる』をテーマにしたというこの料理は「料理を考えていると、なぜか昔の記憶が蘇ってくる」と話す野田シェフのシグニチャー的な一皿になっています。「祖母の家に遊びに行くと朝畑に散歩に行くのが楽しみでした。収穫した野菜が料理として食卓に上る楽しさは忘れられない思い出です。また、ぬか漬けは今後も繋いでいきたい日本の誇るべき食文化。そんな思いも込めて考えました」と野田シェフ。
ぬか漬けといっても、乳酸の綺麗な酸味の中に少しだけぬかの風味を感じる上品な漬け具合。故郷福岡県の老舗【千束(ちづか)】のぬか床をベースに、ハーブや柑橘の皮で香りをプラスしているそうです。和洋の文化や食材、調理法を自在に操り、見事に新しい一皿を生み出している、その手腕に驚かされます。
『ブラン(白)』
白ミル貝、カブ、お米を使ったピュレ。美しい白のグラデーションを楽しむ『ブラン』
白をテーマにしたこの冷前菜も「幼少期の思い出から生まれました」と野田シェフ。「自然食を心がけていた母が作ってくれるおやつは、いりこや昆布、そして地元では“炒っ米”と呼ばれている炒ったお米などでした。素朴ですがお米の香ばしい香りは印象深く記憶に残っています」。
そこで、白ミル貝のワタとアサリでとった出汁に、炒ったお米を加えてピュレに。ミル貝の甘さ、カブの甘みが香ばしさでまとめあげられているのです。冷たく冷やしたミル貝のプリッとした食感に添うように、カブはあえて生ではなく昆布で〆てくにゅっとした食感に仕立てているのもポイント。旨味のインパクトはあるものの、色から香り、食感、最後に抜ける香りまで、繊細さを重ね、ミネラルが体に染み入るような心地よい余韻が長く続きます。
ワイン、日本酒、日本茶、ノンアルコールカクテルなど、少量多彩なペアリングに楽しみが膨らむ
一つのお皿に対して、基本的にはワイン、日本酒、お茶の3タイプの提案をしてくれる
【nôl】では、ドリンクペアリングも楽しみの一つです。たとえば前述の旨味が強い『白の皿』には、ソーヴィニヨン・ブランの微発泡ワイン、“ペティアン”や“新政 亜麻猫”など低アルコールのお酒を。日本茶は旨味と清涼感のある鹿児島・霧島産の『ASANOKA』を勧めてくれます。
【nôl】でヴィバレッジディレクターを務める大井充氏は、以前の職場で野田シェフとコンビを組んでいた時から信頼の絆を深めていた人物。今回、野田シェフからの誘いで再び一緒に仕事をすることに。ペアリングは2人で綿密に相談をしながら決めていくそうで「シェフも必ず料理とドリンクの味を見て、料理の味付けを再調整してくれたりもするので、ブレのないペアリングが実現しています」と大井氏。食事の楽しみを膨らませてくれるのはもちろん、少量生産で入手困難なワインや日本酒の品揃えにも目を見張ります。
『北海道・白糠の名ハンター松野さんの蝦夷鹿 ロースとシンタマのロースト』
『北海道・白糠の名ハンター松野さんの蝦夷鹿 ロースとシンタマのロースト』
季節柄脂肪分が少ないので、飛騨牛の脂を炭火で炙ったものをトッピング。食後感が軽くなるよう、ソースは骨でとったコンソメに、バターは使わずお米のピュレで濃度をつけています。
ペアリングは、ワインはスパイシーかつエレガントな要素も併せ持つシラー単一で作られた“サン・ジョセフ”、日本酒はしっかりとしたコク、長い余韻を持つ“悦凱陣 純米吟醸”、日本茶は燻香をつけた静岡・牧之原の“IBUSHI”。赤身のジューシーさを爽やかに流してくれるとのことです。
蝦夷鹿に合わせてセレクトされたワイン、日本酒、日本茶。このほか、ぶどうジュースとコンブチャを割ったジュースも用意されています
フィナーレはコースで使った野菜の端材でとるコンソメ
サイフォンで3〜4回煮出して端野菜のコンソメをとる
コースの後半、厨房にサイフォンが用意されます。「食後のコーヒーの準備?」と思いきや、たっぷりの乾燥野菜やハーブを入れて煮出しています。「パリ時代から始めたことなのですが…」と語り始めた野田シェフ。「以前は余った野菜や端材は乾燥させてパウダーにして使っていましたが、なかなか使いきれないことから、端材をもっと大胆に使ってコンソメをとり、コースの締めに出すことにしました」。
パリのお店で常連だった村上隆氏が『ゴミのスープ』と命名。コースの最後なので、スープにならないギリギリの塩加減で甘味だけを引き出している。
料理人がすべきことを明確に、分かりやすく自然体で表現できる軽やかさも野田シェフの魅力。レストランにいながら森を歩いていたような清々しさで「ゴミのスープ」を飲み終えました。
これからの時代の普通を追求する「ニューノーマル」を実感する食体験
現在はカウンターとテーブル2つで1日3組のみ。コロナが収束すれば、コース料理の営業後はアラカルトもOKになる予定。
「環境に配慮する“サステナブルな食”という言葉が使われる以前から、料理人としてお客様、食材、生産者、スタッフ、社会に真摯に向き合ってきたことが、結果サステナブルにつながっていました」と話す野田シェフ。料理を食べ終えた時、「この店のテーマは新しい普通、“ニューノーマル”です」と最初に説明された言葉がすーっと心に入り、腑に落ちるのを感じました。誠実で思慮深い才能で明るい未来を見せてくれる野田シェフ、大井氏の挑戦はまだ始まったばかり。ずっとずっと目が離せない1軒です。
シェフプロフィール|野田 達也 氏
1985年福岡県生まれ。都内フレンチレストランを経て2012年に渡仏し、【Passage 53】などのレストランで研鑽を積む。帰国後、ケータリング事業に携わり再渡仏。世界各国のシェフやアーティストとのコラボレーション、メニュー開発、若手育成など多彩な経験を重ねる。現在はフリーランスの料理人として各地で活動する傍ら【nôl 】のディレクターも務める。
ソムリエプロフィール|大井 充 氏
1980 年香川県生まれ。都内のレストランで研鑽を積み、ソシエテミクニ上海開業準備室、【ピルエット】、【ドミニク・ブシェ トーキョー】のマネージャーを経てフリーランスのF&Bコンサルタントとして活動。【nôl】のビバレッジディレクターも兼任。多様な食・人の好みに柔軟に対応できるようワインのみならず、日本酒、お茶などビバレッジ全般の知識を深め、ペアリングを探求。
撮影/今井裕治 取材・文/藤田実子
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